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第19回 立ち写真その2(Part3)

2010.07.09
 軸が決まった場合,そして軸を決めるまでの段階で必要なのが,手綱の力加減。あっという間に軸を作ってしまう人もいれば,何度やっても同じ位置に肢を置いてしまう例も見られる,非常に繊細な作業でもある。
 「僕らは手綱を押したり引いたりすることを,『ボリュームコントロール』と呼んでいます。馬の肢を操るときの拳の力加減ですが,徐々に力を強めていくことで,馬が体重移動を始めて,肢が浮き上がる瞬間を捉えることができます。この時,力を抜くタイミングを可変することによって,着地ポイントをコントロールすることができます」とは,今回も質問に答えてくださった,種牡馬スタッフ。

 確かに軸を作ったり,軸を作った後の左後肢を置く位置を決めるのが上手い人は,毎回違ったタイミングや,違った力の入れ具合をしていることが多いように思える。この辺は実際に手綱を持ったことがないので何とも言えないが,この原稿を見て立ちポーズを作ってみたいと思ったホースマンの方は,浮き上がる瞬間と,力を抜くタイミングを掴んでみて欲しい。「この時の拳の力ですが反動に頼ることなく,自分の下半身も含めた身体全体を使った持続的な力の方が,強弱のコントロールが容易なような気がしますね。あと,手綱で馬を動かす距離と,馬の肢が動く幅はイコールではないことも理解しなくてはいけないでしょう」

 ところで馬を下げる際,真っ直ぐ下げているにも関わらず,左側に馬のお尻が流れてしまうという経験はないだろうか?自分も取材の現場で幾度となくこのような光景を目にしてきた。「それは馬を下げるときに,左前肢に重心を置くことで制御できます。また,逆方向である右後方に力を加えることも必要ですね」ここで重心という言葉が出てきたが,実は重心がどこに置かれて居るかを理解できれば,4本それぞれの肢の位置を動かすことは可能だという。

 「例えば軸と左後肢が決まった時に,重心の位置を変えてあげられれば,右前肢だけを動かすということも可能となります」
軸ができて,左後肢の位置も固まったのにも関わらず,右前肢を直しに行こうとして,馬が動いてしまうというのも,立ち写真の現場でよく見られる光景である。これはこれまでハンドラーと1対1の関係だったところに,他者が入り込んだことで緊張感が壊れてしまうことや,体を触られることに嫌悪感を示したからでもある。

 だが,ハンドラーの操作で全ての肢の位置が決められるとするのなら,こうしたトラブルも無くなるだけでなく,立ち写真に関わるスタッフの数も減らすことができる。「あと,馬の耳を向けさせる方法ですが,アメリカに研修へ出かけた際,現地のスタッフが馬の鳴き声の真似をして,耳を前に向けさせていました。これらのことを全てマスターできたなら,立ち写真はカメラマンとハンドラーの2人でできることとなりますね」とその種牡馬スタッフは笑みを浮かべる。

 勿論,手間や時間を考えた時には,ハンドラーとカメラマンの他にも馬の右前肢を直すスタッフや,耳を立てるスタッフもいた方が効率がいいのだろうが,ハンドラー1人でもここまで馬を扱うことができるということに,驚きを持たれた方も多いことだろう。とはいっても,これは普段から接する時間の長い,種牡馬とハンドラーだからこそ成り立つ関係性とも言える。ただ,立ちポーズを決めるのが種牡馬であれ,1歳馬や2歳馬であれ,その関係性を深めることが,立ちポーズだけでなく,普段からの馬との接し方にフィードバックされることだけは間違いない。

 「馬に何かを強いるというのは,人間が上の主従関係であり,また馬の感情を理解してあげる信頼関係も必要となってきます。こちらの意志を一方的に伝えただけでは反抗してくることもありますし,そこで馬の意志をくみ取ったり,また良くできた時には褒めてあげることで達成感を持たせるだけでなく,より信頼関係も深めることができると思います」

 3回にわたって,ハンドラー側視点での馬の立ち写真について述べてきたが,様々な技術論こそあるとはいえ,やはり馬との主従,信頼を含めた関係性が必要不可欠であると言える。とはいっても,馬を上手く立たせられることは,ホースマンにとって重要な技量であることも違いない。

 来年の春,立ちポーズを見事に決めた2歳馬が,スタッフに鼻を撫でられながら,上機嫌に厩舎へと戻る姿を見られたのなら,3回にもわたってこの文章を書いてきた自分にとっても,これ幸いである。
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