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第30回 マスコミ学の講師

2011.06.10
 以前,とある研修会の取材に行った際,帰り際に声をかけてくださった知り合いの生産者の方が,こんなことを言ってくれた。「村本君もさ,『正しい取材の受け答え方』というテーマで,みんなの前で講演をすればいいんだよ」
 講師。なかなか憧れる職業である。そう言われた瞬間,秘書に「今日はどこで講演があるのかな?」などと尋ねてみたり,台座の横にある水を意味なく飲み干す自分の姿を想像したりもした。

 だが,そんな想像を自分で打ち消すかのように,「いや,最近は取材に行っても生産者の皆さんが,そのまま文章にしたいと思えるような言葉をいただけるだけでなく,まとめるのが大変と思えるほどの内容を聞かせてもらえるんですよ」と答えを返した。

 確かにライターを始めた頃の取材では,質問にあった答えを返してもらえないことが多々あった。でも,それはこの世界の諸先輩に対して,お前に競馬の何が分かるんだと言いたくなるような質問をしてみたり,その人の立場を考えずに,答えに窮するようなことを平気で聞いたりもしていたはずだ。

 あの頃の自分は「KY」だったなと思い出しては,今でも顔が赤くなる。それでも丁寧に質問に答えてくださったり,また,取材以外の話も聞かせていただいた皆さんのおかげで,立派ではないかもしれないが,長きにわたってこの仕事を続けられることができた。むしろ,これまでお会いした皆さんの方が,自分にとっては最高の講師と言えそうだ。

 それにしても研修会でお会いした生産者の方にも答えたように,最近は取材に対して返ってくる言葉が,非常に的を射ていて有り難いことこの上ない。

 確かに顔を合わせる機会が増えたことで,以前よりも取材がスムーズに運んでいるのは事実である。だが,最近では自分より遙かに若いスタッフの方からも,「使える」コメントがいただけるようになった。

 これもひとえに自分の取材スキルが上がったから,というのは大きな勘違いとしても,間違いなく言えるのは,こうした若いスタッフの方は,様々な競馬メディアに触れてきた世代ということである。

 自分がこの世界に入るきっかけとなった1990年代の第2次競馬ブームでは,多くの競馬出版物が刊行された。きっかけはTVやスポーツ紙だったとはいえ,こうした媒体を通して競馬に引き込まれたという方も多いはずだ。

 文字を通して競馬に触れた方は,自分の言葉で馬を,そして自分の仕事をアピールしてくれようとする。その表現が抽象的だったり,上手く伝えられなかったとしても構わない。事実を損ねず,読者の方に届くように加工を加えるのは,われわれライターの仕事だからだ。

 それでも上手く取材に答えられないと感じていたり,もしくは「取材なんて...」と苦手にされている方もいらっしゃることだろう。こんなことを書いている自分も,TVカメラを目の前にするとどうも噛んでしまうので,その気持ちはよく分かります,というよりも,立場が変われば「取材なんて...」と思う人間なのかもしれない。

 そんな方にほとんどの取材で使える単語を伝えておきたい。というか,様々な競馬媒体を見ると,よく使われている言葉なのだが。幼少期のことを聞かれた時は,「バランスの取れた馬体」や「元気で活発」という答えが無難である。また主立ったエピソードが何も無いという場合も多々あるだろうが,その時は「印象に残ってないほど手がかからなかった」と置き換えることもできる。育成時には「軽い」「柔い」「スピード感のある」「背中のいい」という表現で馬の能力を伝える。「成長力の感じられる」「ここに来ての成長が目立つ」というのも将来性を語る上ではいいのかもしれない。

 と色々書いてみたのだが,結局はこうした表現は言い尽くされた言葉でもあり,皆さんだけでなく,自分にとってもNGワードとなりそうな諸刃の剣でもあった。次に取材をさせていただけるときには,このありきたりの表現よりも多くのファンに届く新しい言葉を,

 取材を通して作りませんか,とのことで,この研修会をまとめさせてください。
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