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第36回 テレビと競馬

2011.12.07
 オータムセール終了後,ふるさと案内所でくつろいでいたら,突然,携帯が鳴った。
 電話の発信主は母親。「便りがないのは無事な証拠」を親子間のルールとしている村本家では,約2ヵ月ぶりの着信でもある。病院通いが絶えなくなった父親に何かあったのでは?と恐る恐る着信ボタンを押してみると,「今,TVのニュースでやっていたんだけど,中国の方がせりで馬を買っていったの?」と唐突に話し出した。

 これをお読みの競馬関係者の方なら重々承知だと思われるが,昨年の18頭に引き続き,今年のオータムセールでも中国人実業家が10頭もの1歳馬を購入していった。

 しかし,母親は昨年のオータムセールのことなど知らないし,たまたま夕方のニュースを,「あら,日本の馬が中国に行くなんて凄い!」と思い,競馬マスコミである息子に電話をくれたのだろう。

 不肖たる息子は,競馬や競走馬市場をあまり知らない母親に懇切丁寧にこれまでのあらましを説明した後に,「実はあの場所にいたんだけど,画面に見切れて無くてごめん」と言い残して電話を切った。

 そういえば先日,携帯に電話をかけてきた友人のアナウンサーが,「NHKでオルフェーヴルのドキュメントを放送していたけど,仕掛けのタイミングや抑える様子を分かりやすくフォローしていてさ。あれなら競馬を知らない人でも『人馬一体』という意味が分かりやすく伝わったんじゃないかな」と話してきた。しかし,そのことを知ったのは番組終了後のこと。急いで調べると,さすがNHKとでもいうべきか,数日後に再放送が予定されていた。

 番組タイトルは「アスリートの魂」で,その中の「人馬ひとつになって 三冠馬・オルフェーヴルと池添謙一騎手」という回だった。見終えた感想は確かに分かりやすく,しかも競馬マスコミ兼ファンである自分からしても,感心することが多かった。

 端的に言うと,本当に良く見ているなあという場面をカメラが押さえているのだ。三冠馬となったオルフェーヴルを通して,やんちゃだった馬がレースに集中し始め,栄光まで昇り詰める様が,調教,レース映像など余すことなくまとめられていたのだ。

 文章を書いていて時に限界を感じるのは,こうした画像の視覚効果には,どうあがいても敵わないと思った瞬間である。だからこそ,書き手は様々な創意工夫を文章に持ち込んで,読者の想像力を視覚効果以上に膨らますしか他にない。

 それでもインパクトでは視覚効果に勝てない。オータムセールのことを母親に電話で話したり,文章にまとめたとしても気にも止めてもらえない可能性が高いが,ふと目にしたニュース映像が,半ば音信不通のような息子に連絡を取ろうとさせてしまうのだから。

 そんな自分も競馬に興味を持ち始めたのが,日曜日の午後7時からのNHKニュースで,有馬記念が冒頭で取り上げられたのがきっかけだった。日本,もしくは世界で起こっている様々な事象を差し置いて,真っ先に取り上げられる競馬とはどんな世界なのだろう?と思いながらオグリキャップがウイニングランをする姿を,今でも鮮明に思い出す。

 今,TVで不意に競馬を目にすることが減った。競馬ブームが去ったと言えばそれまでかもしれないが,史上7頭目の三冠制覇というオルフェーヴルの快挙すら,スポーツニュースでもあまり大きく取り上げられなかったことは悔しい気がする。

 一見さんを呼び込むには,やはりTVといった視覚効果が重要だ。その後のフォローは我々書き手がなんとかする。競馬は特殊な世界ではない。むしろ凄い世界だとアピールするには,様々な手段を講じて日常の中にどう競馬を溶け込ませていくかでもある。

 その意味でもオルフェーヴルを取り上げた「アスリートの魂」は,競馬を伝えるには素晴らしいコンテンツだった。ぜひ,読者の皆さんにも見ていただきたいし,不肖の息子たる自分もハードディスクプレイヤーからDVDに焼いて,「元気にやってます」とのメッセージを添えた上で母親に送ってみたいと思う。
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