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第79回 『HBAトレーニングセール』

2015.07.15
 初めて上がった鑑定台は思っていた以上に視点が高く、眼前に広がる座席からは圧迫感さえ感じられた。
 僅かなサインでも見落とさないとばかりに、会場全体を目を凝らして見たものの、緊張もあるのか、どこから、しかもどのタイミングで送られてくるかがまるで分からない。購買者のサインを的確に判断するには、やはりスポッターとの連携が必要だと感じさせられた。

 深く深呼吸をした後、振り下ろす部分が欠けていたハンマーを握る。それは何頭もの、いや、何千頭もの上場馬たちが落札されてきたことの証なのだろう。自分もこのハンマーを持った責任の重みを感じながら、小声で、「ありませんか...」と口に出してみる。しかし、見渡した座席からは、誰もサインを送っている様子は無く、それどころか知り合いのHBAの職員たちは、スポッターの仕事を全くしようとせずに、こちらに笑顔を向けている。

 その光景を見た自分は、鑑定人としての使命を全うできなかった無力感を覚えながら、振り上げたハンマーを台の上に置くように、「コツッ」と小さく振り下ろした。

 というわけで、5月26日に札幌競馬場で行われたHBAトレーニングセールに行ってきた。25日の公開調教と市場当日は、一般の方が見学可能となっていただけでなく、せり開催を前にした23日と24日には、ファンファーレホール内にて鑑定台を一般開放。両日共にパークウインズとしての開催日となっていたこともあってか、多くの競馬ファンが興味深げに鑑定台を眺めていたり、実際に鑑定台に上がっては、自分のようにハンマーを振り落ろす人の姿も見られた。

 それにしてもファンファーレホールが、これほどまでにせり会場に適しているとは思わなかった。自分はこれまでに門別競馬場で行われたトレーディングセール、昨年、函館競馬場で行われたトレーニングセール、そして改装前に行われたトレーニングセールと、競馬場で開催された市場を見てきたが、今回の札幌競馬場が最もせり会場として違和感が無く感じられた。

 トレーニングセールを見越したパドックから鑑定台までの導線は勿論のこと、以前からそこにあったかのような立派な鑑定台の前には、ホール内の可動式の座席が、購買者席へとその役割を変えていた。

 新装札幌競馬場では初めてのトレーニングセール開催ということもあり、HBA職員やJRA札幌競馬場の関係者にも、開催までの期間にはかなりの苦労があったのではないかと思う。市場開催後、取材に応えたHBA木村貢市場長は、「(新装スタンドとなってからは)初めての開催ということで、会場を使い切れていないなど至らぬ点もあったかと思いますが、それでもせりの結果を含め、充分に合格点をあげられる市場が運営できたのではないでしょうか」と話していた。それでも昨年を上回る購買者の登録があっただけでなく、JRAに所属する武豊騎手のトークショーを公開調教の後に行うなどして、ファンの関心も引きつけたことを加味すると、個人的には満点以上のせりが行えたのではとの評価を送りたい。

 しかし、せりを終えてみて改めて感じていることは、札幌競馬場を1つの施設として、もっと有効利用できないかとの思いである。勿論、8月2日からはJRA北海道シリーズの札幌開催が始まり、6週間にわたって夏競馬を盛り上げる中心地となる。だが、それ以降は再びパークウインズとしての役割しか与えられないのは非常に勿体ない。

 有効利用の一つとしては、やはりせり市場としての活用となるのだろう。ただ、JRA北海道シリーズの開催中は、入厩馬の関係で馬房が使えず、開催期間後の市場となると、今年の日程ではHBAの主催するオータムセールしか行えない。

 また上場者にとっては輸送の手間やコストがかかるだけでなく、しかもオータムセールが行われる時期まで、市場で高く評価してもらえるような馬を手元に残すのは、リスクも大きいのも事実である。

 それでも新千歳空港とのアクセスの良さや、札幌の中心部に位置するという利便さ。何よりもファンや札幌市民に対する「馬産地」としてのアピールを考えた場合でも、札幌競馬場でせり市場を開催するメリットの方が、限りなく大きいのではとも感じさせられる。来年は今年以上にトレーニングセールに対するファンの注目も集まるだろうし、その中では、武豊騎手を招いたようなイベントも企画されていると聞く。今後、札幌競馬場がせり市場を中心として活用が図られることを期待すると共に、来年は鑑定台を使っての模擬せり体験や、競馬グッズオークションのようなイベントも開催して欲しいなあ...と思うのは、一ファンとしてのささやかな願いである。
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