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第106回 『馬産地通信、九州へ PartⅢ』

2017.10.20
 九州1歳市場終了後、「馬産地通信」ディレクターのHさんと、せりについての感想や、九州の生産界についてコメントをいただけそうな生産者の姿を探していたとき、快く取材に応じてくれたのが、ヒーリングヴォイスの2016(牡、父ローエングリン)を上場していた宮崎県の田上勝雄さんだった。とは言っても、田上さんに話しかけるのは抵抗があった。その時の田上さんは手足に包帯を巻いており、同行していた娘さんのサポート無しには、靴も履けない状態だったのだ。
 「大丈夫ですか?」と話しかけると、「木を伐採していたら、高いところから落ちてね。この後は入院していた病院に戻るよ」とその痛々しい姿の理由を話してくれた。

 ヒーリングヴォイスの2016は、2015年の秋季ジェイエス繁殖馬セールの取引馬であり、父ローエングリン、母父サンデーサイレンス(USA)の血統背景はGⅠレースで3勝をあげているロゴタイプとも一緒である。

 その血統背景からしても、より注目度の高い市場に上場すれば、落札額の378万円(税込み)を超える声がかかったとしても不思議ではない。それでも、田上さんが九州1歳市場を選んだ理由は、九州の生産界を市場から活性化させたいという真摯な気持ちだった。

 「繁殖牝馬の移動などに関しては、様々な方にお世話になりましたし、何よりも繁殖馬セールがあるからこそ、こうした血統馬を牧場につれて来ることができました。今後も繁殖の導入を図りながら、九州の生産界や市場を盛り上げていきたいと思います」と田上さんは話す。その一方で怪我を押してまで、しかも、田上さんのように高齢になってもまだ仕事を続けなければならないほど、九州の生産界も高齢化と人材不足が続いている事実も、これから病院に戻るという田上さんの後ろ姿を見て感じさせられた。

 その流れを変えようとしている若きホースマンもいる。九州1歳市場の次の日のロケで訪ねた鹿児島・山下牧場。あのトウカイテイオーも調整された志布志湾の砂浜で、育成馬や休養馬に騎乗する篠原一記場長は、「九州で育成牧場を営む我々の中にも、繁殖牝馬を繋養しようとする流れはあります。決して数は多くはありませんが、近い世代の仲間たちと交流を図りながら、様々なことに取り組んでいきたいです」と話してくれた。日本の生産界は人材不足と高齢化が進んでいるが、それでもまだ北海道と九州ともに、育成牧場には若いスタッフが見受けられる。篠原場長はまだ30代。競走馬育成と生産の仕事の両立は大変であるが、ゆくゆくは山下牧場の生産馬かつ育成馬の重賞勝ち馬を番組で取り上げたいと思った。

 今回のロケでは九州軽種馬協会の柏木務会長が代表を務める鹿児島・柏木牧場、そして、「キリシマ」の冠名で知られる宮崎・土屋牧場を訪ねている。お二人とも九州の生産界を盛り上げるだけでなく、強い馬作りに対しても前向きに取り組んでいる。それは、九州到着日にお会いした本田土寿さん、博代壽さんの親子も他では無いだろう。

 僅か数日の滞在でしかないが、自分なりに九州の生産界を盛り上げるにはどうしたらいいかを考えてみた。

 まずは気候の特色にあった馬作りをアピールすること。夏期は人馬共に管理も暑さで大変かと思うが、逆に寒さの厳しくない冬期は放牧地に緑も広がり、北海道ではできない管理も行える。そのメリットを生かすべく、北海道やトレセン関係者など多くのホースマンに足を運んでもらい、アドバイスや改善点を取り入れていくことで、九州という土地を生かした強い馬作りが図れる気がしてくる。

 そして種牡馬、繁殖牝馬を中心とする血統の更なる更新。中でも重要なのは種牡馬だろう。この取材の中で、生産者が目標としているレースとして名前が挙がっていたのが、九州産馬限定で行われるひまわり賞。小倉競馬場の芝1200㍍で行われるレースであるが、ならばこのレースを目標する生産方針、もしくはその条件に適した種牡馬を揃えていくことで、九州産馬の短距離適性は上がっていき、強いては「短距離戦なら九州産馬」という特質も出てくるのではないだろうか。

 また、北海道内だけでなく、競馬サークル全体を見渡しても、九州出身のホースマンは意外と多い。こうした人材を流出させるのではなく、九州の生産界に呼び戻す、あるいは競走馬に携わりたいという新規就業者を地元に残せるような流れも確立されて欲しい。

 この場を借りて、取材などでお世話になった方々に深く感謝するとともに、来年もHディレクターと九州を訪ねます!と書いておきたい。有言実行ならぬ、この言葉が様々な人の力で実現されることを、ただただ祈るだけなのだが(笑)。
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