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北海道馬産地ファイターズ

村本浩平 北海道馬産地ファイターズ

第112回 『マス対コア PARTⅡ』

 国民的スターホースとなったキタサンブラック。社台スタリオンステーションにおけるスタッドインの際には、競馬マスコミのみならず、北海道内の新聞や民放局といった一般マスコミも駆けつけていた。

 その取材方法や質問の内容まで、競馬マスコミ側である自分とは違うなあ、と改めて思った一方で、かなりの時間を取材に割いていたにもかかわらず、実際にテレビで流れた放送時間の少なさにも驚かされた、という内容を前回のコラムで書かせていただいた。

 これも「マスマーケット」である世間からすると、競馬はまだ「コアマーケット」である事実とも言える。「マス対コア」を煽ったり、コアである競馬側から、マスに噛みつこうとしているのではない。ただ、マスから見た場合、競馬のコアな部分までは内容的にも求めては無く、だからこそコア側に立つ自分からすると、「どうして、そんなことを...」というような質問をしてしまうのだろう。

 しかし、「コア側」である牧場関係者からすれば、同じく「コア」である画面の向こうの関係者にも、届くような答えを返さなければとの思いもある。思った以上に放送時間が短く、しかも、質問に対する答えがほんの2、3言しか使われて無かったのは、マスにも分かりやすい言葉を新聞や放送局が選別した、との見方もできる。

 先日、このような話を、競馬に精通しているアナウンサーと交わした。そのアナウンサーもまた、ニュースなどで競馬のことが取り上げられる際には、担当記者やディレクターから意見を求められることもあるというが、「例えば、キタサンブラックの今の姿についても、この二人の会話なら『種牡馬』で通じるけど、競馬のことをあまり知らない人に伝えるには、『お父さんになります』と伝えなければいけなくなる。もっと説明をすると、お父さんとして、これからどんな暮らしをして、どんな仕事をしていくかを分かりやすく伝えるのは、なかなか大変なことなんだよ」と「マス」と「コア」の双方に立ち位置があるからこその難しさを話してくれた。

 自分も「マス」に近い原稿を書く際には、まず、自分の母親が読んで分かりやすいか?を念頭に置いて原稿を書き始める。しかし、時としては「コア」な層にも、なるほど、と思ってもらわなければと軌道修正を図ることもあり、そのバランスは非常に難しい。

 今回のキタサンブラックのスタッドインが、「マス」にも受け入れられたというエピソードとしては、ニュースを見た母親からメールが来たり、全く競馬をやったことの無い大学時代の同級生と久しぶりに会った際に、「この前、親父と話していたらキタサンブラックの話が出た時に、『あの馬で北島さんはかなり儲かったなあ』と言われたけど、実際のところはどうなの?」という質問があった。その同級生には競走馬を購入する際の取引額だけでなく、預託料などの諸経費をまず説明。その後に、それをはるかに上回る程の賞金や、シンジケート収入を北島さんが得たことになるという話をした。だからこそ、キタサンブラックは非常に希な馬であり、その以前から北島さんが馬主として、百何十頭もの競走馬を購入してきたという事実も伝えると、「馬主を続けるというのは大変なことなんだな。親父にも今の話を伝えておくよ」と納得してもらった。しかし、この説明をするのにもかなりの時間を要しており、ニュースのワンコーナーとしては、とても収まりきらないはず。新聞で取り上げてもらったにしても、図を用いて分かりやすくする一方で、マスの向こうにあるコアにも視線を置いたのなら、かなりの紙面を割いてもらう必要がある。

 それでもキタサンブラック、そして古くはオグリキャップやディープインパクトといった名馬たちは、マスである一般層に競馬を、そして馬という存在を届けることができたかけがえのない存在だったと思う。だからこそ、キタサンブラックという存在もまた、マスにとって一過性のブームや認知度で終わらせるのではなく、継続してその魅力や奥深さを伝えていかなくてはならないと改めて思った。とはいっても、キタサンブラックの産駒デビューまでにはまだ時間がかかり、その間に一般層に届くような名馬が出てくる可能性は非常に低いのも、また事実である。

 「競馬のことは忘れても、キタサンブラックのことは忘れないでください!」と、どこかで聞いたような言葉を、声を大にしてマスに伝えたくもなるが、そのためにも自分自身、「コア」に足場を置きながらも、「マス」に届くような仕事をして行かなければいけないし、「マス」である一般マスコミとも近い「コア」な存在として、その関係性を取り持つ「通訳」のような存在にならなければとの思いを強く持った。