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第116回 『馬の聖地』

2018.08.17
 ライターになって間も無い20代前半の頃、先輩の競馬ライターの方から、「雑誌から経費も出るし、一緒にアメリカへトレーニングセールの取材に行こう」と誘われたことがある。とはいっても、トレーニングセールやアメリカ血統に関する造詣も無ければ、そもそも、肝心の英語がおぼつかない。一度は断らせてもらったものの、その申し出をむげにすることもできず、せりを挟んで約1週間ほど、生まれて初めての海外旅行&海外取材を経験した。
 ちなみにその時のトレーニングセールだが、日本人関係者の落札馬はあまりにも寂しい数となり、経費には合わなかった取材となったことも記しておきたい。

 いつしかパスポートも失効し、プライベートでも海外に行くことなど全く考えられなくなっていた。それでも、取材で話を聞かせてもらったホースマンたちが、海外に研修に出かけて来たとの話を聞くと、羨ましいと思う自分がいた。

 最近はグリーンチャンネルなどでも、海外ロケの番組が増えている。そこに映し出される、フランケルのようなトップサイアーの姿を見ると、画面越しにもテンションが上がってくるだけでなく、日本で活躍する産駒たちとの共通点も探し出すようにもなっていた。

 また、映像では滅多に映らないが、そこで働いているスタッフたちの仕事ぶりにも目を凝らすようになっていた。できることなら、管理されている種牡馬や繁殖牝馬が食べている飼い葉の中身も知りたいし、普段、スタッフの方が仕事で使っている道具までも映像で見せてもらいたい。

 ここまで来ると、自分は「馬オタク」というよりも「馬仕事オタク」なのではという気もしてくる。「馬仕事オタク」としては、研修に行ったスタッフから、そこで行われていた仕事の内容と、日本との差異を聞く度に目から鱗が落ちる思いでもあるのだが、やはり「百聞は一見にしかず」なのでは?という気もしていた。

 そんなことを考えていたら、取材先で会った某牧場の主任から、「日本から海外に研修へ行くホースマンは多いけど、逆の例はあまり無いよね」と言われてハッとした。

 「日本の生産馬がここまで活躍しているのを見て、『どんなことをやっているんだろう?』とか、『ディープインパクトはどんな場所で生まれ育ったのだろう?』と思っている海外のホースマンも、それなりの数はいるとは思うけど...」

 今年に入ってから日本生産馬、あるいは、日本で供用された種牡馬の産駒の活躍が目覚しい。イギリスではディープインパクト産駒のSaxon Warrior(JPN)が英2000ギニーを、フランスではStudy of Man(IRE)が仏ダービーを優勝。ハーツクライ産駒Yoshida(JPN)は、アメリカターフクラシックSを優勝した。

 そのYoshidaはセレクトセール出身馬でもあり、7月9日と10日にノーザンホースパーク特設会場で行われたセレクトセールでも、外国人購買者の姿があった。

 世界の競馬における日本馬、あるいは日本血統馬の話題性からすると、外国人購買者の落札頭数はそれほど多くは無かったが、今はせりでディープインパクト産駒をはじめとする、トップサイアーの産駒を手に入れる時代ではないようだ。

 アイルランドのクールモア・グループは、サクソンウォリアーの成功例を踏襲するかのように、日本で繁殖牝馬を繋養してディープインパクトを配合。その中には欧州年度代表馬のMinding(IRE)など、血統、競走成績ともに超一流の繁殖牝馬が揃っているとの報道もあった。

 「でも、今の日本馬が結果を残しているのは血統だけでなく、そこで働いているホースマンのレベルも上がっているからだとも思っている。研修とまではいかなくても、それを見に来てくれてもいいのにね」と先ほどの主任は言葉を続ける。研修で得た経験や知識だけでなく、日本ならではの馬の管理は、諸外国からしてもまた、学ぶべきところも多いはず。ディープインパクトが誕生し、そして繋養されている「Abira」、モーリスの牝系が構築された「Toya」などの牧場のある場所にも、足を運んでみたいと思う海外のホースマンもいるのではないだろうか。

 「ゆくゆくは日本の馬産地が、海外のホースマンにとってのケンタッキーのような『馬の聖地』となってくれるのが理想かな。そのためにこの牧場からも、世界に名を残せるような馬を送り出していかないと」その主任の言葉を聞いて、自分も時間を見つけてこの牧場へ勉強に、いや、研修に来るべきなのでは、とふと思った。
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