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第6回 香港で考えたこと

2008.09.25
 北京五輪の馬術競技を取材するため,8月の2週間あまり,競技の会場となった香港に滞在した。国際都市であり,重要なアジア競馬の拠点でもある香港で,日本の競馬の行く末について色々と感じることが多かった。

 馬術会場は沙田(シャティン)競馬場のすぐ隣に新設された。日本の競馬ファンにとって,沙田競馬場はステイゴールドやアグネスデジタル,エイシンプレストンらが活躍したことで,忘れられない思い出の競馬場だ。
 馬術競技に出場する約200頭の馬用に造られた厩舎は冷房完備の最新型。いたるところに馬のことを最優先に考えた工夫がこらされていた。たとえば,洗い場の水道の蛇口は壁をくりぬいた中につくられていた。何かの拍子に馬が動いたとしても,蛇口で体を傷つけないようにという配慮だ。霧を発生させる装置もあり,暑さ対策にも気配りがされていた。

 これが4大会連続の五輪出場となった杉谷泰造選手も「世界一といってもいい施設」と絶賛していたほどだ。

 馬術競技が開催都市と別のところで行われるのは1956年メルボルン大会以来だった。オーストラリアは検疫態勢が厳しく,競技馬の入国がむずかしかった。そのため馬術だけはスウェーデンのストックホルムで行われるという異常事態となった。

 今回の北京も検疫ではむずかしい問題を抱えていた。そこで香港が会場誘致に乗り出した。

 香港には100年の競馬の歴史がある。馬の輸出入や馬を扱う人材に事欠かない。香港競馬を統括する香港ジョッキークラブが全面的に協力し,五輪の馬術開催を実現させた。

 日本馬術チームの長島監督は香港の運営に心の底から感心したと話した。「空港に馬が到着すると白バイとパトカーの先導で1時間後には厩舎に到着していた。馬のためには最高でしたね。別の国際大会では6時間かかったこともありました。日本は2016年の東京五輪招致を目指していますが,今回の香港の運営の素晴らしさは見習わなければなりません」

 香港は馬ばかりでなく,人にとっても過ごしやすい町だ。僕は今回,初めて香港を訪れたが,公共交通機関の発達ぶりには,ずいぶんと助けられた。Suica(スイカ)やパスモと同じようなオクトパスカード(八達通)というものがあり,地下鉄,バスのどちらでも使えるほか,コンビニエンスストアでの買い物にも使用できる。知らない土地に行って交通機関を利用する時,ネックになるのが料金調べ。オクトパスカードなら,その心配がまったくなくなり,初めて香港を訪れた人でもたやすく移動可能になる。

 振り返ってみて,日本はどうだろうか。

 ほんの数年前まで,治安がよく,住みやすい国として世界中から称賛された。しかし,最近は様子が変わってきた。物価は高いし,異常な犯罪も多い。東京や大阪の交通機関は外国人にとってわかりやすいとはいえない。あこがれの国とはいえない。

 競馬の世界でも同じだ。中央競馬の国際レースは増えてはいるが,相変わらず検疫のハードルは高い。世界の競馬関係者に日本の競馬を理解してもらうには,一度でも馬を出走させることが最善の方法だとは思うが,手間を考えると二の足を踏んでしまうだろう。

 成田空港からわずか4時間。日本からそう離れていない香港がこれだけ世界に向かって開かれた「競馬大国」であることに改めて驚かされた。現地に立ってみて,初めて実感できることがある。今さらではあるが,香港競馬が盛り上がれば盛り上がるほど,相対的に同じアジアにある日本競馬の地盤は低下する。

 競馬や馬術で使われる「スポーツホース」には家畜とは別の検疫が適用されるべきではないだろうか。夏の香港でそんなことを考えた。


JBBA NEWS 2008年9月号より転載
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