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第74回 「新記録」

2017.05.17
 今年もまた皐月賞のレコードタイムが塗り替えられた。
 第77代皐月賞馬に輝いたアルアインがマークしたタイムは1分57秒8。中山競馬場の芝2000㍍コースを平均時速61.120kmで駆け抜けた計算になる。

 アルアインが更新した従来の記録は前年の2016年にディーマジェスティがマークした1分57秒9。皐月賞レコードは2年連続で更新された。

 中山競馬場の芝2000㍍コースで行われた皐月賞のレコードタイムの変遷を振り返ってみる。

 「横濱農林省賞典四歳呼馬」として1939年に始まった皐月賞は4回目まで横浜(根岸)競馬場で行われた。5回から8回までは東京競馬場で開催され、9回目の1949年に初めて中山競馬場で開かれた。しかし、この時は距離1950㍍で現行の2000㍍とは違った。

 1950年の10回目にして初めて中山競馬場の芝2000㍍が皐月賞の舞台となった。あいにくの雨天で馬場状態は不良。優勝したクモノハナの勝ち時計は2分11秒1だった。このころの時計表示はコンマ5分の1表示だったので、現代でいえば2分11秒2相当ということになる。

 良馬場で行われた翌1951年、トキノミノルが一気にレコードを短縮した。クモノハナの記録を8秒以上も更新する2分3秒0を記録、2着馬に2馬身差をつけて優勝した。競馬の殿堂入りしている顕彰馬のトキノミノルは希代の快足馬だった。皐月賞の次にダービーもレコードタイムで制して10戦10勝とするが、10勝のうち7勝がレコード勝ちだった。トキノミノルの記録は1975年に破られるまで24年もの長きにわたって皐月賞レコードであり続けた。トキノミノル超えを果たしたのはカブラヤオーだった。トキノミノルと同様、皐月賞、ダービーの2冠に輝いたカブラヤオーは皐月賞を2分2秒5のタイムで走った。

 その後、1979年にビンゴガルーが2分2秒3、1984年にシンボリルドルフが2分1秒1、1993年にナリタタイシンが2分0秒2と記録を塗り替えていった。

 そして2分の壁を初めて突破したのが1994年のナリタブライアンだった。逃げたサクラエイコウオーのペースは速く、1000㍍通過が58秒8。この流れを中団で追走したナリタブライアンは最後の直線でもしっかり末脚を伸ばし、2着のサクラスーパーオーに3馬身半差をつけ、快勝した。ナリタブライアンのその後の活躍は素晴らしく、ダービー(5馬身差)、菊花賞(7馬身差)とレースごとに2着との着差を広げ、史上5頭目の3冠馬になった。

 2002年の皐月賞ではノーリーズンが1分58秒5を記録、2013年にロゴタイプが1分58秒0まで時計を短縮した。その後、2016年のディーマジェスティ、2017年のアルアインへと続く。

 レコード更新をした皐月賞馬のうちトキノミノルとカブラヤオーがダービー制覇に結びつけ、シンボリルドルフとナリタブライアンは3冠馬になった。実力なくしてレコード更新はできないということだろう。

 ただし、ここ2年のレコード更新は2014年に行われたコース改修が大きな要因になっていると考えられる。新しくなった中山競馬場の芝コースは水はけが良くなり、走りやすくなった。今年の皐月賞の前週の4月9日、中山競馬の芝コースは「重馬場」と発表された。これは新しくなった中山競馬場で初めての重馬場だった。

 新しい中山競馬場のコースで実績を伸ばしているのがディープインパクト産駒だ。改修前に中山競馬場で行われたGⅠレースで合計15戦して【0-2-2-11】と1勝もできなかったのに対し、改修後は【4-3-1-26】となった。ジェンティルドンナとサトノダイヤモンドが有馬記念を制し、ディーマジェスティとアルアインが2年連続で皐月賞馬に輝いた。

 ディープインパクト産駒が出走する限り、皐月賞のタイムはまだまだ短縮されそうな気がする。
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