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第5コーナー ~競馬余話~

有吉正徳 第5コーナー ~競馬余話~

第97回 「同着」

 3月10日に阪神競馬場で行われた桜花賞トライアルの第53回フィリーズレビューは1着同着となった。

 優勝を分け合ったのは12番人気のノーワンと3番人気のプールヴィルだ。2頭のうちノーワンの手綱を取っていたのは坂井瑠星騎手(21)。デビュー4年目での重賞レース初優勝となった。地方・大井競馬に所属する坂井英光騎手を父に持つ坂井騎手は2017年から単身オーストラリアに渡り、およそ1年の間、現地に滞在。騎乗機会を手にして勝ち星も重ねた。そうした努力と経験が実った。

 中央競馬の重賞レースで1着同着が記録されたのは、これが10度目だった。

 1955年のクモハタ記念(廃止)でヨシフサとマサハタが同着になったのを皮切りに、1961年の日本経済新春杯(現日経新春杯)でタイカンとキオーガンヒカリが同時にゴールし、1976年の愛知杯(ハードラークとトウカンタケシバ)、1979年の福島記念(ファニーバードとマイエルフ)、1988年の阪神大賞典(タマモクロスとダイナカーペンター)、1997年の平安S(シンコウウインディとトーヨーシアトル(USA))、2002年の京成杯(ヤマニンセラフィムとローマンエンパイア)、2007年の阪急杯(エイシンドーバー(USA)とプリサイスマシーン)と続いた。

 2010年のオークスはアパパネとサンテミリオンが優勝を分け合い、過去のクラシック、8大レースも含め、史上初めてGⅠレースでの1着同着が実現した。アパパネの蛯名正義騎手、サンテミリオンの横山典弘騎手がともに「負けなくてよかった」と笑顔だったのを思い出す。桜花賞を制していたアパパネは秋の秋華賞にも勝って史上3頭目の牝馬3冠を達成した。オークスの1着同着はのちに価値の出る同着だった。

 今回のフィリーズレビューはWIN5の対象レースで5つのレースのうちの4レース目になっていた。WIN5は2011年に導入され、これまでも対象レースで1着同着はあったが、対象になった重賞レースが1着同着になったのは初めてだった。おまけにこの日のWIN5は前の週に的中者がおらず、4億6,000万円あまりがキャリーオーバーになっていた。このため、この回は売れに売れ、23億円あまりの売り上げを記録した。ノーワンとプールヴィルが1着同着になった結果、WIN5は的中が2通りになった。

 中央競馬では昨年1年間で6度の1着同着が起きていた。全部で3,400レースあまりあるので、おおざっぱに言って600レースに1レースほどの割合で起きている。

 地方競馬では1986年8月20日の川崎競馬で珍事が起きた。3頭の1着同着だ。これは中央競馬では例がない。第10レースの新涼特別(ダート1600メートル)はテスコカチドキ(佐々木竹見騎手)、アーノルドフジ(桑島孝春騎手)、トランスワンスター(中地健夫騎手)が鼻面をそろえてゴールした。面白いのは4着のガーデスイチフジ(石崎隆之騎手)が3頭とハナ差だったこと。あと少しで4頭が1着同着になっていた。

 1874(明治7)年にハンガリーで生まれた牝馬キンツェムは5歳まで走り、生涯54戦54勝というパーフェクトな成績を残した。そのキンツェムが危うく負けそうになったレースがある。1878年のドイツ・バーデン大賞だ。

 早めに先頭に立ったキンツェムがこの日も楽勝かと思われたが、ゴール前、プリンスジャイルズという馬が猛然と追い込んできて、並んで入線。同着と判定された。当時のルールで2頭は再戦を行った。再戦ではキンツェムが5馬身差をつけて快勝し、実力を見せつけた。

 初戦で同着になったのにはいくつかの理由があったと伝えられている。ひとつは負担重量がプリンスジャイルズより6.8キロも重かったこと。二つ目はにわかに信じられない話だが、騎乗していたマッドン騎手が酒に酔っていたらしいということ。そして、もっとも説得力があるのは地元を離れてのドイツ遠征で水が変わり、ほとんど現地の水を口にしなかったため体調が本物ではなかったという説だ。

 アパパネといい、キンツェムといい、もし1着同着がなければ、名馬としての価値は半減していただろう。