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第5コーナー ~競馬余話~

有吉正徳 第5コーナー ~競馬余話~

第99回 「レーン」

 オーストラリアから初めて来日したダミアン・レーン騎手の活躍は衝撃的だった。

 実戦初日となった4月27日の東京競馬場では、6レースに騎乗して、2着が1回、3着が1回とまずまずのスタートを切った。初来日ならこんな感じでしょうかというぐらいの印象だった。重賞レースの青葉賞で12番人気のマコトジュズマルを6着に持ってきたのが少し目立った程度だった。

 それが翌日、一変する。この日の最初の騎乗となった東京競馬第5レースの3歳未勝利戦で2番人気のグルファクシーに騎乗して21/2馬身差の勝利を飾ると、第7レースからブレイブメジャー(1番人気)、ラボーナ(2番人気)、エストスペリオル(2番人気)と3連勝の荒稼ぎだ。手がつけられないとはこのことだ。3日間開催の3日目は新潟競馬場に遠征。メインのGⅢ新潟大賞典では7番人気のメールドグラースを優勝に導き、中央競馬騎乗3日目、14戦目で重賞勝ちを収めてしまった。

 1997年3月2日のマイラーズCで11番人気のオースミタイクーンに騎乗した当時18歳の武幸四郎騎手(現調教師)がデビュー2日目、14戦目で重賞レースを制した例はあるが、驚きのスピード勝利であることに間違いはない。

 騎乗4日目の5月4日も東京競馬場で1勝を加えたが、騎乗5日目の5月5日は7レースに騎乗して未勝利に終わった。

 騎乗3週目に入り、レーン騎手のすごみが増した。

 5月11日の東京競馬場では8戦4勝の大活躍だった。メインのGⅡ京王杯スプリングCでは1番人気のタワーオブロンドンに騎乗して優勝。芝1400㍍で1分19秒4というコース新記録を更新した。翌日も3勝を上乗せしたが、ハイライトはGⅠヴィクトリアマイルだ。

 騎乗したのは5番人気のノームコア(牝4歳、美浦・萩原清厩舎)。初めてコンビを組んだハービンジャー(GB)産駒を鮮やかにエスコートし、最後はクビ差の競り合いを制して優勝した。勝ち時計は芝1600㍍で1分30秒5という中央競馬新記録だ。なんと前日の京王杯スプリングCに続く2日連続のレコード勝ちだ。

 2004年12月11日、後藤浩輝騎手は中京競馬場で行われた第40回中日新聞杯で1番人気のプリサイスマシーンに騎乗して優勝した。勝ちタイムは芝1800㍍で1分46秒3。当時のコースレコードとなった。翌日の12月12日、後藤騎手は中山競馬場で第56回朝日杯フューチュリティSで2番人気のマイネルレコルトに乗って、連日の重賞勝ちを収めた。優勝タイムは芝1600㍍で1分33秒4。中山競馬場の2歳レコードとなった。手元の資料で見つかった唯一の2日連続重賞レコード勝利騎手が、この後藤騎手の例だった。レーン騎手はなかなか見られない記録を初来日でやってのけた。

 短期免許で外国人騎手が来日するようになったのは1994年。第1号はニュージーランドの女性騎手リサ・クロップだった。以来、数多くの外国人騎手が来日した。僕の中ではスノーフェアリーに騎乗して2010、11年のエリザベス女王杯を制したライアン・ムーア騎手、驚異的な勝率をマークしたジョアン・モレイラ騎手の2人が衝撃を受けたベスト2だが、レーン騎手はその2人に負けないほどのインパクトを与えてくれた。

 そのレーン騎手がダービーで圧倒的な1番人気になったサートゥルナーリアに騎乗した。4戦4勝で皐月賞を制したサートゥルナーリアだったが、主戦のクリストフ・ルメール騎手がNHKマイルカップで走行妨害を犯し、騎乗停止になり、ダービーに出場できなくなった。

 直前の乗り代わりでダービーを制した最後の例は1985年のシリウスシンボリ(岡部幸雄騎手→加藤和宏騎手)だが、加藤騎手はそれ以前にシリウスシンボリの手綱を取ったことがあり、まったく初めてということではなかった。いわゆる「テン乗り」、まったくの初顔合わせでダービーを勝った例は85回の歴史でたった3度しかない。最後の例は1954年のゴールデンウエーブの岩下密政騎手までさかのぼる。

 レーン騎手とサートゥルナーリアの結果はご存じの通り。記録破りの男でも克服できない壁があった。それがダービーなのだろう。