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第103回 「軌跡」

2019.10.10
 2019年9月21日に中山競馬場であった清秋ジャンプステークス(3210㍍)は、白浜雄造騎手が手綱を取った1番人気のディライトフル(セン8歳、栗東・大久保龍志厩舎)がスタートから先頭を奪い、そのまま逃げ切って優勝した。
 この勝利はフジキセキ産駒のJRA通算1,526勝目であり、2019年の初白星となった。産駒がデビューした1998年以来続いていた連続勝利記録も22年に伸びた。

 ディライトフルはこれで通算6勝目。2018年1月に障害に転向してからは4戦3勝と新天地で才能を発揮している。

 2011年2月7日に(有)社台コーポレーション白老ファームで生まれたディライトフルは父フジキセキ、母ラスティックフレイム(IRE)という血統だ。1歳になった2012年、セレクトセールに上場され、(株)ノースヒルズに1,500万円(税抜き)で落札された。清秋ジャンプステークスは6か月ぶりの実戦で体重は前走比プラス14キロの494キロ。白浜騎手は「ひとたたきした次はもっと良くなるはず」と上積みに期待していた。

 フジキセキは2010年の種付けを最後に種牡馬を引退。2015年12月28日に23歳でこの世を去った。ディライトフルらの8歳馬が最終世代となる。JRAに現役で残っているのはディライトフルのほかメガオパールカフェ(牡8歳、美浦・和田勇介厩舎)しかおらず、フジキセキ産駒の勝利が今後も伸びるかどうかは、この2頭にかかっている。ちなみにJRAの種牡馬別の連続年勝利の最多記録はノーザンテースト(CAN)の28年だ。

 フジキセキは1992年4月15日、北海道・社台ファームで誕生した。父サンデーサイレンス(USA)、母ミルレーサー(USA)という血統の青鹿毛だった。サンデーサイレンスの初年度産駒の1頭であるフジキセキは栗東の渡辺栄厩舎に所属し、齊藤四方司オーナーの服色で走った。

 1994年8月、新潟競馬場の芝1200㍍でデビューを果たす。レースは3番手から抜け出すと、ゴールでは2着に8馬身差をつける圧勝劇を演じた。2戦目は同年10月に阪神競馬場の芝1600㍍で行われた、もみじステークス。単勝オッズ1.2倍という圧倒的な1番人気に応え、1着になり、デビューから2連勝を飾った。このレースで1馬身4分の1差の2着になったのがタヤスツヨシ。翌年のダービー優勝馬だ。

 2戦2勝となったフジキセキの3戦目は、2歳最終戦として朝日杯3歳ステークス(現朝日杯フューチュリティステークス)を選択した。当時は中山競馬場の芝1600㍍が舞台だった。単勝オッズ1.5倍という断然の1番人気に支持されたフジキセキは現役時代の中でもっとも苦戦をした。

 3番手の内を進んだフジキセキは角田晃一騎手(現調教師)の手綱に応え、最後の直線で先頭に立った。が、外から猛然と追い込んでくる芦毛がいた。外国産馬のスキーキャプテン(USA)だった。フジキセキはなんとかスキーキャプテンの末脚を抑えて優勝したが、その差はクビという接戦だった。

 1995年のクラシック最有力候補となったフジキセキの3歳初戦は弥生賞となった。中山競馬場の芝2000㍍。皐月賞と同じ舞台だ。体重は朝日杯から16キロ増えて自己最高の508キロになっていた。レースは2番手から抜け出す横綱相撲。年が明けても3冠レースの主役であることに変わりはなかった。

 だが落とし穴があった。レースから2週間あまりたった頃、左前脚の屈腱炎が見つかった。3月はまだ種付けシーズン。関係者はただちに引退を決め、すぐに種牡馬として供用した。この年だけで118頭に種付けした。

 以来2019年まで産駒はJRAで1500以上の白星を積み上げた。これはサンデーサイレンス、ディープインパクト、キングカメハメハ、ノーザンテースト、ブライアンズタイム(USA)に次ぐ歴代6位の成績だ。クラシック馬は皐月賞を制したイスラボニータ1頭だったが、JRAのGⅠ優勝馬はカネヒキリ、コイウタ、ファイングレイン、エイジアンウインズ、ダノンシャンティ、サダムパテック、ストレイトガールと計8頭を送り出した。

 障害界のスター候補ディライトフル。偉大だった種牡馬の産駒をあと少しの間、見ていられそうだ。

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