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第5コーナー ~競馬余話~

有吉正徳 第5コーナー ~競馬余話~

第106回 「知命」

 2019年11月23日、京都競馬場で行われた第8レース「3歳以上2勝クラス」(ダート1400㍍)は、武豊騎手(50)が手綱を取ったスマートアルタイル(牡4歳、栗東・小崎憲厩舎)が優勝した。

 15頭立ての1番人気だったスマートアルタイルは1番枠からスタートすると、最後方を進み、4コーナー手前からスパート。直線半ばで先頭に立ち、2着に3馬身差をつける楽勝で人気に応えた。

 この勝利は武豊騎手の2019年JRA100勝目だった。通算4,000勝以上を挙げている生きるレジェンドだが、JRAの年間100勝は4年ぶりのことだった。

 「年間100勝は久しぶりなのでうれしい。これで満足というわけではないし、もっと頑張らなくてはと思っている。僕もしぶとく乗って、後輩たちとともに競馬を盛り上げていきたい」と記録達成直後のインタビューで答えた。すると、その3レース後に行われた重賞・京都2歳ステークスではマイラプソディに騎乗して快勝。記録達成の日に重賞勝ちまでプラスし、「持ってる男は違う」と競馬ファンをうならせた。

 1969年生まれの武豊騎手は1987年に17歳でデビューした。1年目は69勝を挙げ、加賀武見元騎手が1960年にマークした58勝を抜いてルーキーの最多勝記録を更新した。翌年、2年目の騎手としては史上初となる100勝を超え、113勝をマークした。最多勝の座こそ、132勝の柴田政人騎手に譲ったものの、堂々のランキング2位。関西ではナンバーワンとなった。

 2003年には204勝をマーク、初めて「200勝超え」を果たすと、2004年は211勝、2005年は212勝と3年連続で200勝を上回った。

 2010年3月に落馬で大けがをし、復帰が8月になるという自身初の長期休養に追い込まれた。この年は69勝に終わり、2002年から続けてきた年間100勝はいったん途切れた。武豊騎手ほどの名手でも、調子を落としたと見られれば、騎乗依頼は減る。2011年は64勝、2012年は56勝にまで勝ち星は落ち込んだ。2013年は97勝に回復、2014年も86勝とし、2015年に106勝。6年ぶりの100勝超えを達成した。2019年の100勝超えは、この2015年以来となった。

 2019年で騎手生活33年目の武豊騎手が年間100勝を記録したのは22回目。これは歴代1位の回数で、2位の岡部幸雄元騎手の13回を大きく引き離している。

 3月15日に50歳の誕生日を迎えた武豊騎手にとっては50代初の100勝超えともなった。50代での年間100勝は増沢末夫元騎手が1回、岡部幸雄元騎手が3回記録しており、武豊騎手が史上3人目で通算5度目のこととなった。

 4年ぶりの年間100勝を達成した武豊騎手は記録達成の翌週の11月30日、阪神競馬場で3勝の固め打ち。2019年の勝ち星を104勝とした。これは岡部幸雄元騎手が52歳だった2000年にマークした103勝を上回る50代騎手の年間最多勝記録となった。さらに12月1日には中京競馬第9レースでスマイルスターに騎乗して3着となり、JRA史上初の通算2万2千回騎乗も記録した。

 武豊騎手は今年、地方競馬でも大記録を達成した。11月4日、浦和競馬場で行われたJBC競走のJBCレディスクラシックでヤマニンアンプリメ(牝5歳、栗東・長谷川浩大厩舎)に騎乗して優勝。地方で行われるダート交流GⅠ・JpnⅠレース完全制覇という偉業をかなえた。地方競馬のGⅠ・JpnⅠは次の10レースだ。全日本2歳優駿、ジャパンダートダービー、川崎記念、かしわ記念、帝王賞、南部杯、JBCクラシック、JBCスプリント、JBCレディスクラシック、東京大賞典。このレースをすべてものにした。JRAのGⅠでまだ勝っていないのは朝日杯フューチュリティステークスとホープフルステークスの2歳戦2レースのみ。これを勝てば、日本のGⅠ完全制覇となる。

 孔子は論語の中で「五十にして天命を知り」と書いている。五十歳のことを「知命」と呼ぶのは、ここから来ている。天才武豊騎手も50歳になって、天が自らに与えた使命がジョッキーであることを知ったのだろうか。34年目の2020年も活躍を期待したい。