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川島ファミリーがゆく! 馬道ひとすじ

川島正行厩舎 川島ファミリーがゆく! 馬道ひとすじ

真っ直ぐな馬道

 去る9月7日午後0時30分、川島正行調教師が呼吸不全のため、千葉県習志野市内の病院で逝去されました。

 ここ2,3年は入退院を繰り返していましたが、人前ではそれを感じさせることなく、最後まで"強さ"を追い求め、生涯現役のホースマンとして、自ら決めた馬道を全うしての旅立ちとなりました。

 9月13日に行われた告別式は、「先生らしいね」という声も聞かれるほどの青い空が広がる秋晴れ。斎場ではレース映像やプライベートでの団らん風景が映し出され、最後はファンファーレが鳴り響く中、多くの皆さんがそれぞれの思いを胸に旅立ちの車を見送りました。

 これまで川島正行調教師の下、公式サイトの運営に携わって丸9年。その9年間を振り返りながら、ここからは普段呼びかけていた"先生"で綴っていきたいと思います。

 川島先生といえば、まず思い浮かぶのが馬を見る鋭い眼差し。そして、ビシっとキメたスーツ姿、蝶ネクタイ、コレクションの帽子の数々。おしゃれに関しては、特に靴の汚れには気を配っていたように思います。

 そんな風に、隙を見せない一方で、時々お茶目なファンサービスを見せてくれる一面もありました。自らも「強い馬や人物はオンとオフの切り替えが上手」と語っていましたので、きっと先生もそうだったのでしょう。

 ファッションでのお茶目な遊び心と言えば、5月開催での「こどもの日だから、小さなお子さんにも喜んでもらえるように」と着用した、とびきりハデなメガネもそのひとつ。最近の一番のお気に入りは、昨年12月開催での"松ぽっくりとベルとリボンのクリスマス飾りネクタイ"で、「すごく評判が良かったんだよ。良い写真を(厩舎ブログに)載せてくれてありがとう」と、とても嬉しそうに話していた姿を、今でも鮮明に覚えています。

 その時のクリスマス飾りのネクタイを着けた横顔は、先生と懇意にしているイラストレーターさんが素敵な作品に描き上げ、斎場の思い出のコーナーに設置されて、先生の旅立ちの時に寄り添っていました。

 厩舎のガーデン用のトレリスを作っている厩務員さんに、ペンキ屋さんそのものの"塗装ツナギ"の出で立ちで「防腐剤ちゃんと塗らないとな」と指示を出していたり、「エガワ(所属の江川伸幸騎手)が歯の治療を終えたから、にっこりしたところ、写真に撮ってやって。江川、照れずに笑えよ。ほら、エガワのエガオだ(笑)」などと楽しそうに笑い合っていたりしたこともありました。

 そんな時間は、先生が歩む、常に新しいこと、険しいことにチャレンジし続けた厳しい馬道の、ほっと和める"散歩道"だったのかも知れません。

 今年のNARグランプリの頃は、体調も思わしくなく、表彰のたびに何度も壇上にのぼる姿を心配したこともありました。翌日、「みんなお祝いしてくれて嬉しかったね。でも、体調悪くっていけないね・・・」とポツリと。思えば、それがたった一度、私が耳にした、川島先生の"弱音"でした。

 けれど、先生が亡くなった後、皆さんから「先生がそれほど体力的に厳しい状態だとは思っていなかった」と伺うことも多く、そんな言葉を耳にするたび、先生が貫いた"強い川島正行"は完璧だったのだと、しみじみ思ったりもします。

 そんな言葉を聞けば、きっと先生は、取材時によく言っていたように「魔法使いのおじさんだからね(笑)」と嬉しそうに、ニヤリとされることでしょう。

 最後の重賞制覇となった7月の習志野きらっとスプリント(SIII)の表彰式の後、受賞の花束から1本1本花を抜いて、集まった皆さんに手渡ししていた姿。それは先生自ら参加した最後のファンサービスとなりました。

 先生が天に召されてからどんどん時間が過ぎていきます。競馬場でふと、「あぁ、もう先生はいないんだな」と、思うこともあります。

 でも、そんな下界の思いをよそに、賑やかなこと、楽しいことが大好きだった先生は、今頃はもう、かの地で新しい構想を練って忙しく過ごしているのでは・・・そんなことも想像しています。

 川島先生。そちらでも、大好きなワインを召しあがっていますか。以前、先生が教えてくださった地ワイン、お取り寄せで注文してみましたよ。先生は今年もボジョレーの解禁を楽しみにされていることでしょうね。

 川島正行調教師の競馬への情熱は最後まで強く灯り続け、病状が進行してからも、凛として背筋を伸ばし、前を見据えて、"強さ"を貫きながら、ファンを喜ばせる道を探し続けた真っ直ぐな馬道でした。その遺志は、この先も競馬界に灯り続けることでしょう。

 川島正行調教師のご冥福を心よりお祈りいたします。