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架空名馬生産牧場 ギャラクティカ・ファーム

綱本将也 架空名馬生産牧場 ギャラクティカ・ファーム

第14回 ロングバケーション

馬名:ヤングチャンピオン
毛色:芦毛
父:アドマイヤコジーン
母:ヤマニンシュクル
母の父:トウカイテイオー
クロス:Northern Dancer S4×M4×M5
生涯成績:5戦4勝
主な成績:朝日杯FS(GI)、高松宮記念(GI)、東京スポーツ杯2歳S(GⅢ)

 2歳王者の父と母。朝日杯FSを優勝するのにこれ以上ない血統背景。携わる人間たちの意図や目論見がそのまま実現されることが極めて少ない競馬の世界の中で、あまりにも上手くいった例のひとつだろう。関係者たちの意図や目論見がストレートすぎるほどに伝わる、この出来すぎたその馬名も、本馬が2歳王者を戴冠した後では、この馬名以外には考えられないほど似つかわしい。

 新馬戦、東京スポーツ杯2歳S、朝日杯FSを3連勝したヤングチャンピオンは、3歳初戦をスプリングSに照準を定めた。しかしレース一週前の追い切りで故障し、春のクラシックシーズンを全休することになってしまった。しかし骨折は軽度のもので、夏から初秋あたりでの復帰が予定された。

 完治しトレセンに帰厩後、順調に調教は積まれ、復帰初戦はGIを勝った舞台と同じ中山芝1600mのGⅢ京成杯AHとなった。長期の休養を思わせぬ軽快なスピードで先行したヤングチャンピオンは、ゴール寸前まで先頭をキープしていたものの、順調に使われていた馬に差され、タイム差なしの2着に敗れた。自身初の敗戦だったが、そのレースぶりは輝ける未来を展望するに十分であり、2つ目のGIを獲得するためスワンSからマイルCSへのスケジュールが組まれた。

 が、その輝かしいはずの未来に暗雲が垂れ込める。二度目の骨折だった。重症ではないが、一度目よりは重く、全治6カ月という診断が下された。ヤングチャンピオンは復帰を目指し牧場で休養に入った。
 診断より早い5カ月で完治した後、帰厩したヤングチャンピオンにさらなる苦難が降りかかる。調教中に屈腱炎を発症したのだ。全治は不明。重症だった。

 引退も検討されたが、その馬名の通り馬体はいまだ若々しいままであったことから、治療し復帰を目指すことになった。カネヒキリを復活させた「幹細胞移植」に、復活への一縷の望みをかけた。

 完治した。6歳の秋での帰厩。足元に負担をかけないよう、手探りの状態で調教は進められた。焦らずに、焦らずに。結果、6歳での復帰は叶わなかった。
 7歳になって、調教のピッチは上がっていった。足元にも問題はなかった。ピッチが上がっていくと、かつてのスピード感が甦っていった。

 復帰戦はスプリントGI高松宮記念が選ばれた。いきなりのGI出走は無謀とも思われたが、父も2着していること、定量戦で重い斤量を回避できること、そして1戦1戦が引退との背中合わせであるということを総合的に判断し、出走に踏み切った。

 パドックに現れたヤングチャンピオンの馬体はすっかりと白くなっていたものの、造りは若く、とても7歳には見えなかった。
 超長期休養明けが嫌われ18頭立て13番人気。しかしスタートから軽快に先行したヤングチャンピオンのスピードは、中京コースに新設された直線の坂を迎えても衰えず、なんと先頭でゴール。実に3年6カ月ぶりの出走での勝利は、JRA記録を更新。

 この偉業には、実はもうひとつの血統背景による必然性があったのかもしれない。
 父アドマイヤコジーンは6歳1月の東京新聞杯勝利が、自身3年2カ月ぶりの勝利であり、その後、優勝した安田記念は3年6カ月ぶりのGI制覇だった。母ヤマニンシュクルは5歳1月の京都牝馬S勝利が、自身2年1カ月ぶりの勝利だった。

 さらに選んだレースが良かったのかもしれない。
 00年以降、スプリントGI にGIホースは計50頭が出走。その成績は[3.11.7.29]だが、中12週以上の「休養明け」だったGIホースは[1.7.3.5]で、「休養明け」でなかったGIホースの[2.4.4.24]より好成績を残している。

 また「休養明け」のGIホースで、「1600m以上のGI優勝」経験があったのは5頭いて、全馬2着という成績を残していた。
 スプリント戦は、能力があり、スタミナの絶対値が高い馬であれば、「休み明け」でも十分に好走可能なのだ。

 種牡馬としての価値を自ら高めたヤングチャンピオンの陣営は、この勝利を最後に引退を表明。初めて健康な状態で牧場に帰ることができた。
 
 苦難に満ちた3年6カ月も、ヤングチャンピオンにとっては、「神様がくれた休暇」=「ロングバケーション」だったのかもしれない――。