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架空名馬生産牧場 ギャラクティカ・ファーム

綱本将也 架空名馬生産牧場 ギャラクティカ・ファーム

第20回 架空:第45回 スプリンターズS

馬名:ジェットマン
毛色:鹿毛
父:Viscount
母:Macrosa
母の父:McGinty
クロス:なし
生涯成績:22戦18勝(現役)
主な成績:スプリンターズS(GⅠ)、ドバイゴールデンシャヒーン(ドバイGⅠ)

 初来日のジェットマンには浅からぬ日本競馬との因縁がある。

 本馬の父Viscountの父であるQuest for Fameは1990年の英ダービー馬。1992年、第12回ジャパンカップに出走し11着に敗れた。優勝したのは日本ダービー馬トウカイテイオーであり、本家本元の『The Derby Horse』が極東のダービー馬の軍門に下る結果となった。

 「名声を追い求め」続け、イギリス、アイルランド、アメリカを駆け巡った誇り高き『The Derby Horse』にとって屈辱以外の何物でもなかったことだろう。その屈辱にまみれたまま競走生活の幕を閉じたQuest for Fameは、種牡馬として名誉挽回の機会を静かにうかがっていた。

 種牡馬となったQuest for Fameはオセアニアで多数のGⅠホースを輩出するも、その産駒の日本侵攻は見送られた。かつてはジャパンカップに多数出走し輝かしい成績を収めたオセアニア馬だったが、近年では地理的に遠い日本より、やや近い競馬新興国である香港、シンガポールへと遠征する馬がほとんどである。また馬産地を持たない香港、シンガポールの競走馬は、オセアニアからの輸入馬がほとんであり、両者の結び付きは強固なものとなっている。

 子の代での日本侵攻を見送ったQuest for Fameだったが、孫のジェットマンがシンガポール競馬史上最高の名馬と謳われる活躍をみせる。ドバイゴールデンシャヒーンを2着し、その実力を世界へ誇示して見せた。そして2010年、スプリンターズSに登録。いよいよQuest for Fameの日本競馬への復讐が完遂されるかと思われたが、出走を回避。「万全な体調での出走が見込めない」との理由だったが、実は万全ではなかったのはその実績だった。世界的な実力はすでに認められてはいたものの、『世界王者』の肩書は手にしていなかった。『世界王者』として堂々と日本競馬に復讐をしたかったのだ。かつてQuest for Fame自身が『The Derby Horse』の肩書を持ってジャパンカップに出走したように。

 そしてジェットマンは2011年のドバイゴールデンシャヒーンを優勝し、名実ともに『世界王者』となった。もはや日本侵攻を遮るものはなにもなかった。そして日本馬にもその侵攻を止める手立てはなかった。

 以下のDATAがある。

アジアGIにおける日本馬の距離別成績

        複勝率
2400m[3.2.1.8]    42.9%
2000m[7.5.1.26]    33.3%
1800~1777m[1.0.1.6] 25.0%
1600m[2.0.1.12]    20.0%
1200m[0.0.0.19]       0%


 日本馬はアジアのGⅠでは、距離が短くなるにつれ成績が下がり、1200mではすべて着外に終わっているのだ。さらにもうひとつのDATAを見てみよう。


日本GIにおける外国馬の距離別成績

                複勝率
2200m以上[4.1.4.88]  9.3%
1600m[2.2.3.35]   16.7%
1200m[3.0.1.11]   26.7%


 外国馬は日本のGⅠでは、距離が短くなるにつれ成績が上がっている。
 この二つのDATAから、スプリント戦では日本馬は相対的に外国馬に弱いことがわかる。これでは『世界王者』に太刀打ちできないのは当然である。


 日本に置き忘れた『名声』は、孫がしっかりと持ちかえった。
ジッチャンの名にかけて――。