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烏森発牧場行き

吉川良 烏森発牧場行き

第280便 諏訪湖とユッコ

 2017年の師走のこと、仕事部屋で本の探しものをしながら、ふと目にとまった一冊を手にした。仕事先の京都から帰ったばかりで、この本、たしか、若いときに京都で暮らしていたときからあったよなぁと思ったのだ。

 ヘルマン・ヘッセ著作集、詩集・孤独者の音楽、高橋健二訳である。ひらくと、ぽち袋がはさんであって、おどろき。小さな端正な字で、
 「ま、一生懸命に働いていると、思いがけずにうれしいことが生まれ、不思議な幸せの日になるの。しっかりね。奈美」
 と書いてあった。
 私はぽち袋と向きあった。奈美というのは、大昔に私が、京都の四条大宮の近くのバーで働いていた時のママである。店をやめて東京に帰る私に餞別をくれた。そのぽち袋にちがいない。
 昭和28年初版発行。発行者人文書院。定価280円とある奥付けの余白に、私の乱暴な字で、「1958冬、八坂通り古本屋で」とある。そこで買ったというのだろう。1958年、私は21歳だ。
 詩集をひらいてみる。あちこちのページに、なにやらいろいろ、落書きのように書いてある。
 「ダイゴホマレ、菊散って悲惨。おれも悲惨」
 と殴り書きしてあるページは、「孤独なもの、神に向かって」という題の詩で、
 「独りぽっち、私は、風にかきむしられて、
 愛されず、見すてられて、立っています、
 意地わるな夜のなかに」
 とヘッセは書いている。
 京都でのバーテン暮らしの休日に私は、ほとんど競馬場にいた。私は1958年の菊花賞を調べてみる。勝ったのは浅見国一騎乗コマヒカリ。境勝太郎騎乗ダイゴホマレは9頭立て3番人気、大差のドンケツ負け。その馬券を私が買っていたのかもしれない。
 こんなぽち袋が出てきたこと自体が、不思議な幸せの日だと思い、奈美ママに餞別をもらってから過ぎた六十年という歳月に茫然とした日、諏訪市に住む医師の市瀬章さんから手紙がきた。

 年に一度、社台グループの共有馬主クラブの牧場ツアーで会う市瀬さんは、10人で1頭を持つ中央競馬オーナーズの会員で、30戦6勝のGI馬ロゴタイプと出会い、さらにG1レーシングにも出資して、名付け親となったペルシアンナイトがマイルCSで1着という運の持ち主である。
 「ところで吉川さんの誕生日は2月24日のようですが、ぼくも2月24日生まれです。来年の2月24日は、いかがでしょう、諏訪湖畔の温泉にでもつかって、一杯やりませんか」
 というのが市瀬さんからの手紙だった。
 昔、松山康久厩舎の忘年会で、料亭の大広間で、横山典弘騎手と田中勝春騎手に向かいあわせの席になったことがあり、どうしてだったか誕生日が話題となり、横山騎手が2月23日、田中騎手が2月25日、おれが24日と、びっくりしたことがあって、それをどこかに書いたのを、市瀬さんが読んだのだろう。
 市瀬さんからの誘いは、奈美ママが書いてくれた、「思いがけずにうれしいことが生まれ」だと私は感じた。

 2018年2月24日、昼に上諏訪駅に着いた私を、森谷隆行さん(牧場ツアーでいつも市瀬さんと一緒。ペルシアンナイトが勝ったマイルCSで3着だったサングレーザーの40分の1口馬主で、諏訪在住の薬剤師)と、市瀬さんと高校の同級生だったという高木保夫さんがむかえてくれた。
 今年の1月末に御神渡り現象(氷の下から音が聞こえ、結氷した湖面が割れて山脈状に盛り上がる)があったという諏訪湖を眺めたあと、午前中の仕事を終えた市瀬さんも合流した。
 そばの「岳家」、照光寺、岡谷蚕糸博物館、イルフ童画館、木落し坂を訪ねるうち、日が暮れる。蚕糸博物館で繭の作業をしていた中山ふじさんの、90歳です、と言った笑顔が絵のようだった。
 それに案内役をしてくれた高木さんの博識に圧倒され、ひそかに「歩く百科事典」か「諏訪学博士」の肩書を献上した。
 夜、「うなこば」こと「鰻小林」に市瀬さんの奥さんの睦美さんもきて、六十歳の市瀬晃、八十一歳の吉川良の誕生日に乾杯をした。不思議な幸せの日である。そのあと競馬好きの、北原純一さんが営むバー「クルーズ」へ行き、やはり競馬好きの、市瀬医院勤務の八木陽一郎さんも合流し、みんなで、競馬との出会いの話などをした。
 あくる日、市瀬さんと諏訪清陵高校の同級生で、諏訪大社の権宮司の原弘昌さんを訪ね、「そばごころ小坂」に寄り、湖岸通りだったか、廃業して空家の酒場「春の夢」と、何軒か先の空地がストリップのフランス座の跡地と高木さんに教わり、駅前で昼酒を楽しみ、帰りの「あずさ」の車中でペルシアンナイトの中山記念5着を知った。
 2月28日、昔から確定申告書を作ってもらっている新横浜の税理事務所へ行く。横浜アリーナの前を歩いていて、ふと諏訪湖が脳裏にひろがり、クワタケイスケやヨシキのステージに熱狂するアリーナの光景は、つまり御神渡りだなどと思ったとき、ケイタイが鳴り、
 「うれしくてさ、電話した」
 と瀬谷隆雄さんの声だった。最近ではキョウヘイとかサヤカチャンの馬主である。
 「最優秀牝馬に選ばれちゃったんだよ、盛岡競馬の。表彰式にはタキシードかいって聞いたら、JRAじゃないから普通でいいって」
 瀬谷さんは笑った。中央から水沢の佐藤雅彦厩舎へ移っていたユッコ(父ハーツクライ、母キッズスター、母の母Dart Star)のことだ。キッズスターは瀬谷さんの愛馬だった。
 「なんだかうれしくてさ。なんでこんなにうれしいのかな」
 声が踊っている瀬谷さんだった。思いがけずにうれしいことが生まれたのだ。
 その晩、ユッコの成績を調べてみた。2017年、5歳ユッコは水沢と盛岡と門別で14戦して4勝、JpnIの南部杯にも出走している。
 2014年10月に東京でデビューし、2018年1月8日のトウケイニセイ記念まで、中央での13戦、東北での23戦、ユッコも一生懸命に働いたのだと私は思い、ユッコの最優秀牝馬選出はオミワタリ(御神渡り)だと思い、「諏訪湖とユッコ」と私はつぶやいてみたのだった。