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烏森発牧場行き

吉川良 烏森発牧場行き

第289便 黙々の日曜日

 ウインズ横浜へ行くのには、先ず住宅地から190段の石段をおりる途中の、めったに人のいない子守り神社に賽銭を入れて鈴を鳴らし、「なんとか馬券に幸運を」と手を合わせてバス停へ行き、コマワリくんと呼ばれる小さなバスでJR鎌倉駅へと向かう。

 2018年12月9日、第70回阪神ジュベナイルフィリーズの日、くもり空を見上げながら石段へと歩き、昨夜、ウインズ横浜へは昭和51(1976)年から行ってるよなぁと思い、そこが自分の勤務地のような気もする、とコップ酒をのみながら考えたのを思いだした。
 それにもうひとつ、東京の豊洲に住む佐藤欽二さんからの便りに、「ジャパンCが終わって、アーモンドアイのタイムが世界レコードの2分20秒6だったというアナウンスが流れたとき、たくさんの人の拍手が湧き起こったが、長いことウインズ銀座へ通っているけど、そんなふうにウインズで拍手を聞いたのは初めて」と書いてあったのを思いだし、ウインズ横浜でもそんな拍手は聞いていないと考えながら石段をおりた。
 バス停に杖をついた深井さんがいた。昔、町会のバス旅行で同行したり、柴犬と散歩する深井さんと言葉を交わしたりしたが、杖をついた深井さんは初めて。しかし、杖について聞くのはやめよう、と私は決めた。
 「しばらくでした」
 「いやあ、しばらくでした」
 「たしか、奥さんのお通夜のとき以来かなあ」
 「もう4年が過ぎます」
 と深井さんが静かに言った。 
 バスで並んで座り、年齢の話になった。私が2歳上だった。
 「弟とは会うことがあるようですね」
 「じつに不思議な縁で」
 と私が笑った。深井さんの奥さんの通夜の祭場で、顔が合っておどろいたのは、ウインズ横浜に近い居酒屋での知りあいで、深井さんの弟の雄三さんだったのだ。
 「五十歳になった教え子の同窓会に呼ばれて」
 と言う深井さんと横浜まで一緒なので、鎌倉駅で電車に乗った。そうか、深井さんは昔、私立高校の英語教師で、亡くなった奥さんも女子高の国語教師だったと、あらためて私は思った。
 「オツウの話がありましたよね」
 「ありました。まだ持ち歩いてます」
 そう言って深井さんは財布を出し、1枚の馬券をつまんで私に渡した。2014年10月18日の府中牝馬Sの、オツウの100円の単勝馬券だ。
 私はオツウの話を思い出した。雄三さんが2014年8月3日の札幌のクイーンSのオツウの100円の単勝馬券を持って、藤沢市の病院にリンパ腫で入院した義姉、深井さんの奥さんを見舞った。
 義姉の本名は深井和子だが、通称は「おつうさん」だった。高校時代に演劇部で、木下順二の「夕鶴」の「つう」を演じたのが人生最高の思い出だと言い、酒好きで明るかった深井和子は、人が集まる席でリクエストされると、「わたしが織っているあいだ、けっしてのぞいて見ないこと、ね。ね、きっとよ」とセリフを言い、一羽のツルの化身である「つう」を演じてみせるので「おつうさん」が定着した。
 オツウと印刷された馬券が深井和子はとてもうれしく、わたしはこれをあの世に持っていくから、あなたもオツウの馬券をもう1枚買って持っていてと夫に言ったという。それで雄三さんが府中牝馬Sのオツウの馬券を兄へ渡した。「おつうさん」は府中牝馬Sの2日後に人生を閉じ、深井さんは棺にオツウの1枚を入れ、もう1枚を残した。

 横浜駅で深井さんと別れた私は電車を乗りかえ、桜木町駅からウインズへ向かう。動物園通りを歩きながら、阪神ジェベナイルフィリーズをタニノミッションからの馬単で勝負、と自分に確認をした。
 豊洲の佐藤さんからの便りの、ウインズ銀座での拍手のことを読んだとき、私に思いだすことがあったのだ。それは2007年3月3日のこと、ウインズ浅草の近くの居酒屋の、大きなテーブルで相席になった数人が、一緒にウインズのテレビを見上げた。
 「おれ、一生に一度、馬連1点勝負1万円というの、やってみたかった」と体の小さな老人が、発走前にその馬券を見せた。
チューリップ賞のウオッカとダイワスカーレットの馬連で、レースがそのとおりになったとき、相席仲間が全員で老人に拍手をおくった。
 おお、ウオッカの思い出。それで私は、ウオッカの5番仔のタニノミッションから買いたくなっているのだった。
 「競馬と俳句に支えられた老人生活なんて、ちょっと明るそうだけど、孤独を絵に描いたようなもんだよなあ」
 と言っていた雄三さんが浮かぶ。70歳近いが、まだ雄三さんは、横浜で小さな広告会社を営んでいる。雄三さんが句会で提出したという作品、「ウインズで四季黙々の日曜日」は、私から消えようとしない一句だ。
 ウインズの5階で雄三さんを見つけた。
 「バス停でお兄さんと会いました。高校のクラス会に呼ばれているとか、町田へ行った」
 「クラス会に呼ばれるのはうれしいようですね。兄貴は子供がいなかったし、おつうさんに死なれて、まだ涙ぐんでいるみたいです」
 そう雄三さんは言い、
 「11月からずうっと馬券が絶不調で、もう今日は仕方なく、1番人気から2番人気への馬単1点勝負を、オハライ馬券みたいに買いましたよ」
 と阪神ジュベナイルフィリーズの、ダノンファンタジーからクロノジェネシスへの馬単⑬-⑨を2,000円の馬券を私に見せた。
 香港国際競走の実況も映る「黙々の日曜日」を、私は雄三さんと過ごした。
 「ダメだ」
 と阪神ジュベナイルフィリーズのゲートがあいて、そう何度か続いた雄三さんのつぶやきが、
 「おいっ!おいっ!」
 とゴール前では変わり、やがて私からの祝福の握手となり、
 「酒、のみましょう」
 雄三さん、私に握手を返した。