JBBAスタリオンズ名鑑 ~歴史を紡いだ種牡馬たち~
第9回 ワラビー(FR)
日本中央競馬会によってワラビー(FR)が輸入された1963年は、シンボリ牧場がパーソロン(IRE)を、浦河の民間シンジケートがネヴァービート(GB)を導入したほか、鎌田三郎氏が組合長を務めていた日高軽種馬農業協同組合がダラノーア(FR)を、日本軽種馬協会胆振支部がラヴァンダン(FR)を輸入するなど、のちのち日本の生産界に大きな影響を伝える種牡馬が多く輸入された年でもあった。
また、東京オリンピックの開催を翌年に控えたこの年、創立から10年目を迎えた日本中央競馬会は大きな過渡期を迎えていた。1961年7月に発表された、いわゆる「長沼答申」によって6枠連単制から8枠連複制へ。その翌年にはタカマガハラが日本産、日本調教馬として初めて米国のワシントンD.C.インターナショナル競走に出走するなど競馬が単なるギャンブルではなく、国際的なスポーツとしての一面をアピールしていた。
そして、生産界においても、前年(1962年)は全国でアラブ種とサラブレッド種がほぼ同数(サラ1,491頭、アラ1,449頭)だったものがサラ1,767頭、アラ1,542頭と、大きく舵を転換した年として記録されている。
そんな時代に輸入されたこの馬は、紛れもなく仏国のA級馬だった。その現役時代はフランス、そして英国で走り、通算成績は15戦6勝。1958年のロワイヤルオーク賞(仏国、3歳馬限定、芝3000㍍)、1959年のジャンプラ賞(仏国・芝3100㍍、現在のヴィコンテッスヴィジエ賞)に勝って長距離適性を示し、アスコット・ゴールドカップ(英国、4歳以上、芝20ハロン)では前年のセントレジャー優勝馬で、のちにキングジョージⅥ&クインエリザベスSに勝つアルサイドAlcide(GB)(本邦輸入種牡馬リマンド(GB)の父)を撃破。秋のカドラン賞(仏国、4歳以上、芝4000㍍)ではテロTello(FR)にアタマ差敗れたものの、芝の長距離レースで活躍した。
父ファストフォックスFast Fox(FR)は仏国産。1952年のサンクルー大賞(仏・芝2500㍍)、ドンカスターカップ(英・芝2マイル1ハロン)、ジョッキークラブカップ(英・芝12ハロン)などに勝ち、仏国で種牡馬となったあとはドーヴィル大賞などに勝ったシパンダーユChippendale(FR)やウォルフラムWolfram(FR)などを送り、中でもエクリプスSやガネー賞に勝ったジャヴェロットJavelot(FR)は種牡馬として1967年の独2000ギニー優勝プレストPresto(GB)や、1968年のドンカスターカップ優勝ジアキュサーThe Accuser(GB)などを送り出している。1958年に輸入されたオーブリオン(FR)、成功種牡馬フェリオール(FR)と同じファスネーFastnet(FR)産駒という意味で、日本ではなじみ深い血統だ。
一方、母ワギングテイルWagging Tail(FR)は仏オークス4着。さかのぼれば英オークス2着シュローヴShrove(GB)にたどり着くファミリーで、最大の特徴は仏セントレジャー勝ち馬ブリュルールBruleur(FR)を3×3持つことだろうか。
現役引退後、1960年から仏国で種牡馬となり、4年間供用されたのち日本の地を踏み、1963年5月に開場式を終えたばかりの那須種馬場で、64年から種牡馬生活をスタートさせることとなった。
産駒は、タフに長く活躍するものが多く、初年度産駒スロープターフは豪快な追い込みを武器にまったくの人気薄だった6歳時のオールカマーで2着。2年目産駒で「重の鬼」と言われたコンチネンタルも3歳クラシックには無縁だったが、同年暮れの日本最長距離ステークス(中山・芝4000㍍)を勝ってオープン入りすると、4歳春の目黒記念で重賞初勝利。6歳秋の天皇賞を最後に引退するまでタフに44戦。4つの重賞勝利ほか有馬記念2着など長く活躍した。また、この世代には7歳夏の七夕賞3着(と言っても4頭立てだったが)のロードナイトや、中山大障害2勝のナスノセイランや、前出の日本最長距離Sを5歳時に制したクリラックもいて、なかなか華やかなメンバーだ。そして、3世代目産駒からはメジロムサシ、ロイヤルワラビが登場する。前者は、3歳クラシックはタニノムーティエ、アローエクスプレスの引き立て役に回ってしまったが、4歳春の目黒記念で重賞初勝利を記録すると、続く天皇賞・春、宝塚記念と重賞3連勝。62㌔のハンデを課せられた函館記念でも完璧な勝利を収めると、5歳時には凱旋門賞、そしてワシントンD.C.インターナショナルに出走するなど活躍を世界に求めた。また、後者は4歳時に南関東の大井記念に勝利している。
しかし、ワラビーは、こうした産駒の活躍を見ることなくわずか4世代の産駒を残したのみで死亡。あまりに早い死は本当に残念だが、その卓越したスタミナと成長力は母の父としてもエリモジョージ(天皇賞・春)、カツアール(宝塚記念)といった活躍馬を送り出し、またフランスの競馬ファンに同馬産駒の日本版ワラビーをお披露目出来たことは意義深い。