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第14回 インディアナ(GB)

2026.02.19

 前号で紹介したオンリーフォアライフ(GB)が、千葉県の日本軽種馬協会三里塚種馬場で供用を開始したのが1967(昭和42)年。同じ年、北海道の同静内種馬場で種牡馬生活をスタートさせたのが、前年暮れに日本中央競馬会から寄贈を受けたインディアナ(GB)だ。


 この時代、生産者が求めたものは〝スピード〟。1959(昭和34)年に日高軽種馬農業協同組合が導入したソロナウェー(IRE)は欧州のスプリンターだったが、その産駒は涼しい顔をしてクラシックディスタンスをこなした。1965年には3世代目産駒のキーストン、ベロナ、ハツユキでダービー、オークス、桜花賞に勝ち、1966年はテイトオーがダービーを楽勝。これら産駒の活躍で、1966年には、それまで5年連続でチャンピオンサイアーの座に君臨していたヒンドスタン(GB)に代わって王者の座についている。


 〝スピード〟か〝スタミナ〟か。というのは、現代まで続く永遠のテーマだ。どちらかが正解で、どちらかが不正解ということはない。ひとつ言えるのは、この時代は第二次大戦後に輸入され勝ち星を量産したライジングフレーム(IRE)に取って代わったヒンドスタン、ゲイタイム(GB)、チャイナロック(GB)らが高齢に差し掛かり、ソロナウェーに代表されるスピード血統に対する信頼が高まっていたのは間違いない。前号でも少し触れたが、この前後、民間などによってマイリージャンMilesian(GB)系のパーソロン(IRE)や英2000ギニー勝ち馬ジルドレ(GB)、グレイソヴリンGrey Sovereign(GB)系スパニッシュイクスプレス(GB)、名スプリンターのサウンドトラック(IRE)、プリンスリーギフトPrincely Gift(GB)系テスコボーイ(GB)などのスピード血統が次々と日本の地を踏んでいる。

 
 そんな時代に日本中央競馬会が「次の時代のために」と選んだのが英セントレジャーに勝ち、英ダービー2着、パリ大賞2着と欧州の長距離レースで活躍したインディアナだった。


 父サヤジラオSayajirao(GB)は愛ダービーや英セントレジャーなどに勝っているが、英2000ギニーでも勝ち馬には離されたとはいえ3着。引退レースとなった10ハロンのエクリプスSでも勝ち馬と差のない2着だったことから幅広い距離をカバーした名馬だった。全兄に英ダービーに勝ち種牡馬としても成功したダンテDante (GB)がいて、半兄ハロウェー(GB)は本邦輸入種牡馬。高齢になってからダービー馬タニノハローモアを出して血の優秀性を証明している。


 母ウィローアンWillow Ann(GB)は3勝馬。競走馬としては凡庸の域を出なかったが、英セントレジャー勝ち馬で、英愛チャンピオンサイアーとなったソラリオSolario(GB)直仔。優れた心肺機能を産駒に伝え、1958年のベルモントS優勝馬キャヴァンCavan(GB)を産んでいる。


 そんな両親から豊富なスタミナを受け継いだインディアナの通算成績は13戦4勝、2着5回。2歳時は短い距離を使われたようだが、3歳以降は一貫して長い距離のレースを使われ、勝負強さを発揮して活躍。派手さはなかったものの、4歳シーズンの2戦を除けば堅実な成績を残している。現役引退後は英国で種牡馬となったが1世代だけの産駒を残して、日本に輸入された。

 
 現代風に言えば「英セントレジャー父仔制覇!半兄キャヴァンもベルモントS優勝馬」ということになるのだろうか。

 
 その前評判は、初年度産駒ベルワイドが天皇賞・春に勝ったことで証明され、さらに3世代目産駒タケホープがダービー、菊花賞の2冠馬となったことで確信に変わり、11世代目の牝馬カミノスミレは目黒記念・春に勝って3200m時代の天皇賞・秋2着。当時の番組は長距離偏重と言われるほどに中長距離レースに重きが置かれていたが、3歳春まではむしろ短距離偏重と言えるもの。晩成タイプで、またエンジンのかかりが遅いステイヤータイプの馬にとっては、最初の1勝が高い壁になっていたことは想像に難くない。そのような中でも1983年に22歳で亡くなるまで北海道、栃木県、青森県と場所を移しながら多くの産駒を残し、直仔のみならずブルードメアサイアーとしても、桜花賞馬ホースメンテスコやエリザベス女王杯に勝ったリワードウイング、オークス2着ユウミロクなど優れた産駒を多く残して日本産馬の資質向上に大きな役割を果たしたのである。

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