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第15回 ニルコス(FR)

2026.03.18

 1967(昭和42)年の春は、前年に輸入された繁殖牝馬を発生源とする馬鼻腔肺炎ウイルス流産が発生。日高管内を中心に、18牧場96頭の牝馬が感染するなど大きな被害が生じた。また、6月23日には日本軽種馬協会那須種馬場で供用4年目のワラビー(FR)が心臓麻痺のため急死。そのため、七戸種馬場で供用6年目を迎えていたロイヤルチャレンヂャー(IRE)をシーズン途中で那須種馬場に移動させたものの思うような種付けを行うことが出来ず、また供用7年目を九州種馬場で迎えたティエポロ(ITY)も種付能力の減退が見られたため、その代馬として、日本軽種馬協会が輸入したのが、フランスで3シーズンを過ごしていたニルコス(FR)だった。


 この馬は、フランス、イギリス、アメリカで14戦して3勝。2歳時は3戦してロンシャン競馬場芝1000mのシャトー賞、ルトランブレー競馬場芝1100㍍のアイソノミー賞に勝って、オマール賞2着。短距離で良績をあげたが、3歳時はクラシック王道を歩んで、仏ダービーの重要な前哨戦であるギシュ賞(ロンシャン競馬場芝1950m)3着のち、仏ダービー(シャンティイ競馬場芝2400m)はサンクタスSanctus(FR)から1馬身1/2差の2着。続くロワイヤルオーク賞(サンクルー競馬場・芝3100m)は遠征した英国ダービーを6馬身差で勝利したレルコRelko(GB)から離された3着。秋にロンシャン競馬場芝2400mのコンセイユ・ド・ミュニシパル賞で久しぶりの勝利を記録すると、サンクタス、レルコが出走する凱旋門賞へは向かわず、米国のワシントンDCインターナショナルに向かったが、この年米国の芝牡馬チャンピオンとなるモンゴMongo(USA)の3着と敗れている。勝ちきれないレースを続けたが、高い能力を持った馬だった。


 父は、第12回で紹介したバルビエリ(GB)と同じラヴァレンドLa Varende(FR)。ジャンプラ賞(ロンシャン競馬場・芝2000m)に勝ったもののシェーヌ賞2着、ギシュ賞2着、仏グランクリテリウム3着、オカール賞4着。勝ちきれないところは父親譲りだったのかもしれない。種牡馬として、本馬のほかヴェルメイユ賞、ジャックルマロワ賞に勝ってオークス2着のアスタリアAstaria(FR)やロワイヤリュー賞に勝って仏オークス3着のヴェスペラーレVesperale(FR)、ロワイヤルオーク賞勝ちのバルビエリなどを送り出した。父系はセントサイモンSt.Simon系のフロリゼルFlorizel(GB)分岐。この分岐は英国セントレジャーに優勝したのち種牡馬としてフランスに輸出されて成功したドリクレスDoricles(GB)とロシアにわたって発展したフロリアルFloreal(RUS)に分かれるが、言うまでもなくニルコスは前者だ。曽祖父マッシーンMassine(FR)はリュパン賞やアスコットGC、凱旋門賞に勝ち、のちにフランスでリーディングサイアーとなり、その仔でサラマンドル賞やトーマスブライアン賞などに勝ったブルームーンBlue Moon(FR)が、本馬の父ラヴァレンドを出した。


 母ファーストワンFirst One(IRE)はフランスで6勝。一族にはヨークシャーオークス2着のボーダーバウンティBorder Bounty(GB)や、ヨークシャーオークス3着ブリーフコーラスBrief Chorus(GB)、愛2000ギニー2着ピットカーン(IRE)などがいて、英ダービー馬ドノヴァンDonovan(GB)や英1000ギニーのセモリナSemolina(GB)、アスコットゴールドCに勝ったグラッドネスGladness(IRE)。日本ではダノンファンタジーやマーベラスカイザーが同じファミリーだ。


 到着後は、九州種馬場で4年間(同父のバルビエリと同時期3年間)供用されたのち、静内種馬場へ移動。初年度産駒のフェロースピードが小倉大賞典に勝ち、同じく初年度産駒トシセントが佐賀ダービーの「栄城賞」に優勝。4年目産駒からはニルキングオー(デイリー杯3歳S、シンザン記念3着、きさらぎ賞3着)、3年目産駒からシロガネスター(中津ダービー)を送り出している。ステイヤー血統だが、激しい気性を内在させており、短い距離をスタミナ一杯に走りぬくような産駒も少なくなかった。また、優れた心肺機能は母系に入ってスタミナの源となる。三冠馬ミスターシービーとクラシックで上位争いを繰り広げたビンゴカンタ(菊花賞2着、ダービー3着、皐月賞4着)や、オグリキャップとの間にアラマサキャップ(クイーンステークス2着)を送り出している。

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