JBIS-サーチ

国内最大級の競馬情報データベース

第89回 『2歳馬取材』

2016.05.20
 以前に「マスコミ学の講師」(背番号だと「30」になります)というコラムを書かせてもらった。その際、「最近は取材に対して返ってくる言葉が,非常に的を射ていて有り難いことこの上ない」と文中で触れている。
 3月の上旬から、デビュー前の2歳馬たちの取材(ペーパーオーナーゲーム取材、略称「POG」)が始まっている。その際、育成牧場の方々から返ってくる言葉が、「的を射ている」どころか、まさに「そのまま文中に使える!」言葉ばかり。あまりの嬉しさにメモを取る手も震えてしまい、後で自分の文字を読み返せなくなる程である(笑)。

 最近、2歳馬の取材をしていて、特に使われるようになった表現が「軽さ」と「緩さ」だろう。自分が2歳馬取材の現場に出るようになってから約20年。その頃から「軽い」という言葉が使われるようになってきたように思えるが、それはサンデーサイレンス(USA)産駒の活躍とリンクしている。

 自分が2歳馬の取材を始めた頃は、サンデーサイレンス以外の種牡馬の産駒も珍しく無かった。しかし、そうした種牡馬の産駒から「軽い」という言葉を聞くのはまず無かった印象がある。

 というよりも、「軽さ」という表現はサンデーサイレンス産駒、そしてサンデーサイレンス系種牡馬の産駒たちに共通する「褒め言葉」だったとも言える。もし、非サンデーサイレンス系種牡馬の産駒で、乗り味が「軽い」と感じたとしても、それは「非力」に置き換えられ、決していいイメージには捉えられなかったのだろう。

 その意味では「緩さ」という言葉も、その当時には無かった「褒め言葉」と言える。使い方としては、「この馬、まだ緩いんだよね。けど...」と言った感じで、その後の良化を匂わせるために使われることが多い。きっと、これまでにも「緩い馬」はいたのだろう。しかし、そうした馬は、緩さが抜けきらずに、競走生活を終えることが多かった。

 しかし、その馬にサンデーサイレンスの血が入っていると、「緩さ」はいつしか「柔らかさ」へと変わって行く。しかもその変化が著しく、その変化を掴んでいる育成牧場の方々は、「緩さ」を悪く思うどころか、むしろ「大成」を約束されたと、前向きに考えられるようになったと言える。

 一方で、近年ではあまり良い意味で使われなくなった表現としては「しっかり」がある。ちなみに「しっかり」という言葉だが、「あの人、しっかりしているね」といった感じで、人には良い表現として使われることが多い。だが、競走馬としては、「しっかりしすぎていて、どこか堅さも見られる」といった感じで、マイナスイメージへと繋がってしまうことも珍しく無い。

 これは、しっかりとしている馬のほとんどが、ダート向きであることも関係しているのだろう。そう思うと、「軽い」「緩い」という言葉は、実は芝向きの馬であり、更に突き詰めると、「しっかり」といった表現を用いられる馬は、サンデーサイレンスが入っていないことが多い。

 個人的には、晩年になっても頂点に立ち続ける近年の活躍馬や、地方も選択肢に入っているレース選択の広がりからしても、早い時期からダート馬としての高い適性を認められるのは、メリットが多いようにも感じる。しかし、ほとんどの「POG」のルールには、「指名馬は日本ダービーまでのポイントを対象とする」となっている。もし、ダート適性が高くて、優れた能力を持っていたとしても、中央でのダートの重賞は3歳6月のユニコーンS(GⅢ)まで行われず、またオープン入りしても、斤量の増加からレース選択に苦労するといった理由などから、ポイントの加算が難しくなる。

 とはいえ、POGのルールに不向きだという理由だけで、ダート馬の評価が下がってしまうのは勿体ない。先日、ラニ(USA)(牡3、松永幹夫厩舎)が、日本調教馬としては初めてUAEダービー(GⅡ)を制した。これまで出走してきた日本馬の成績からしても、大偉業と言えるが、POGというルールに当てはめた場合、どうポイントを加算していいか分からないファンも多いはずだ。

 しかし、今後はラニの活躍をきっかけとして、UAEダービーからケンタッキーダービー(GⅠ)を目指す馬も出てくるはず。となると、いつしか「しっかり」といった言葉は「褒め言葉」として再び輝きを取り戻すのではないだろうか。

 サンデーサイレンス系種牡馬の産駒が全盛期を迎えている昨今だが、数年後はまた違った血統が主流となっている可能性もある。その際に育成牧場の方から語られる「褒め言葉」は、いったいどうなっているのだろうか?

 これまでには無かったような新たな表現と出会える日と、その表現通りの走りをする活躍馬に会える日が楽しみでならない。
トップへ