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第118回 『今は亡き先輩からの指令』

2018.10.25
 7月の上旬だったか、ある会社から1本の電話があった。電話を受けた編集部の若手Y君は「田所さん宛に電話なのですが...」と、ちょっと戸惑ったような表情で、なぜか筆者に振ってきた。
 Y君が戸惑うのも無理はない。編集部の先輩、田所直喜は、病気により昨年の1月に亡くなっているのだから。

 急に振られたこちらも困るのだが、とりあえずどういう用件なのか聞くために、受けた。声の主はSさんという若い男性。都内のあるシステムコンサルティングの会社の企画営業だった。

 用件を聞くと、どうやら田所さんと3年前に会う約束をしていたらしいのだが、ちょうど病気療養で休職するため、保留にしていたようである。それで近況を確かめるために電話を掛けてきた。

 「田所さんはその後どうされていますか?」と聞かれたので、昨年1月に亡くなったことを伝えると、「えっ」と言ったきり絶句していた。当然だろうが、電話で絶句されても困る。

 田所さん関係の業者は、ほぼ自分が引き継いでいたが、その会社はリストにはなかったから、こちらも認識していなかったのだが、とりあえず、田所が何を考えてその業者に会おうと思っていたのか興味があったので、会うことにした。

 9月上旬。弊社にて面会。まずどういった会社なのかを尋ねた。その会社はシステムコンサルとWebサイトの企画、制作、保守、とソフトウェア開発の会社で、親会社は有名な企業なのだが、その中でも主にAR(Augmented Realityの略、いわゆる拡張現実)の部門で、この業界でも主にキャンペーン等広報活動を中心に某競馬団体や、某スポーツ紙との取引実績があった。

 簡単に言えば、紙面に埋め込んだマーカーに、スマホにインストールしたアプリをかざすと、例えば参考レースの動画が観られたりだとか、記者が推奨馬を解説する動画が観られたりだとか、あるいは駅に貼ってある広告のポスターにマーカーを埋め込めば、かざすことによってCM動画や、あるいは画面上に現れたキャラクターと写真を撮れたり、GPS情報でメッセージを送ったり、スタンプ機能と連携させたスタンプラリーなどが出来るようになるらしい。

 「紙の情報+α」はこれまでも考えなかった訳ではない。まだ紙面が4ページであったころは、各馬の短評や中間の調教時計など、紙幅の関係でカットせざるを得ず、それを補うために紙面上のバーコードを読み込めば、紙面でカットした情報に飛ぶようにすることを考えていた。その後、増ページすることになり、それ自体は日の目を見なかったのだが。

 スマホの普及、高機能化により、かつての「メディアミックス(死語)」などと呼ばれていた頃とは段違いの情報量で、文字から写真、そして今は動画まで紙の上で展開出来る。タブレットや電子ペーパーはどこまで行ってもバッテリーの問題が付きまとう。競馬場でそれらを駆使するには、Wifiが飛ぶ電源付きの指定席が現状ベストだろうが、一般席やスタンド前の立ち見では難しい。インターネット勢相手に劣勢の我々「チーム紙媒体」が巻き返すには、ARは「助っ人外国人」になる可能性がある、と筆者は考えたのだが。

 生前、Sさんと田所さんがどのような事を話していたのか、いろいろ話を聞いていると、どうもそうではないらしい。

 Sさんは「田所さんは、それで儲けようとかそういうことではなくて、これをきっかけに競馬に興味を持ってもらえるような、そういうことをやりたいと、そうおっしゃっていました」と。

 そう言われちゃうと、なんかワシ俗物みたいやん(笑)と思ったが、まあそれはそれでいい。

 田所さんがまだ生きていた3年くらい前から、騎手に付けた360度カメラの映像をVR(virtual reality、仮想現実)で観られるだとか、ドローンで撮影した映像が観られるだとか、イベントやコンテンツとしてはあり、体験すると意外に面白い。それで競馬に興味を持ったファンも実際いるので効果もある。ただ、我々はお金を賭けるという、それよりも少し現実的な部分が担当だ。

 ARはVRよりもっと前からあったが、キャラクターが出て写真が撮れるとか、今ひとつ「おまけ要素的」だったが、スマホの馬力が上がり、様々なコンテンツを繋げやすくなってきたと思う。

 具体的にはこれからの話になるのだが、とりあえず今は、亡き先輩からの指令だと思って、化けて出てこない程度に考えてみるつもりだ。
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