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第17回 辞めなくて良かった~16年目のGⅠ初制覇のドラマ~

2011.08.11
 騎手を引退して早10年。競馬学校の同期生10名のうち,4名がライセンスを返上,6名は現役騎手として今もなおターフで戦っています。私自身は,わずか6年の騎手生活でしたが,その大半を,悩み・もがき・苦しんでいたように思え,正直,昔を思い出すと気が重くなることも...。ですから極力,私は昔のことを思い起こさないようにしています。
 もちろん,全てが苦しかったことばかりではないのですが,中学生の頃から騎手という職業に憧れ,それだけを夢見て過ごしてきた日々があっただけに,理想と現実のギャップは,当時の私には過酷なものがあったように感じます。

 そして何が一番苦しかったか?と言えば,免許を持っているのに,競馬場へ行けない日々が続くこと。騎手は騎乗依頼があって,競馬場でレースに参戦することができ,騎手となります。
 しかしながら勝負の世界。勝ち鞍から見放されれば,当然,騎乗依頼が減少し,気づけば土曜日・日曜日の開催日に競馬場ではなく,トレセンで過ごす日々。四方八方,一筋の光すら見えない暗黒の世界。どうすることもできない状況に,「果たしてこのまま免許を持っていていいのだろうか?騎手を続けたところで,この先,何か変化することがあるのだろうか?」と自問自答する日々へと...。

 7月2日,中山競馬場。
 「騎手を辞めなくて良かったです」と,涙ながらの震えた声が場内に響き渡りました。震災の影響で異例ともいえる真夏日に行われたJ・GⅠの中山グランドジャンプ。ジョッキー16年目,柴田大知騎手が初めて手にしたGⅠ制覇のインタビューで語った言葉と涙。
 「辞めなくて良かった」この言葉の裏には,勝ち鞍のない年,騎乗依頼がない日々が続いた騎手生活において,幾度となく,騎手を引退しようか否か,迷う日々があったということでしょう。その苦しんだ過去が,勝利と共にあの涙で浄化された瞬間だったのではないでしょうか。

 大知君とは,競馬学校の同期生。双子の未崎君と2人,非常に頭がよく,マジメなタイプでした。それゆえ,突き詰めて物事を考える日々の連続だったように思います。後のインタビューで,「障害騎手としてのデビューが遅かったので...」と口にしていましたが,障害競走に騎乗することへの決断というのも,デビューが遅かっただけに覚悟のいるものだったように思えます。

 騎手の数が平地競走に比べて少ないことから,騎乗チャンスは巡ってきやすい状況下。しかしながら落馬の可能性も高く,ケガの割合も高い。もし落馬をしてケガを負えば,入院ということも考えられ,益々レースから遠のいてしまう可能性も...。
 私も,乗り鞍が減少した当時,障害競走への挑戦というのを考えたこともありましたが,正直,技術のなさから,怖くて勇気がもてなかったです...。

 冒頭で乗り鞍の減少における辛さを書いておきながら,あらゆる可能性からチャンスを掴みとっていく努力をしていなかった私...。そんな自分を恥ずかしく思うと同時に,自らの手で逆境を乗り越え,新たな道を開拓し,勲章を手にした大知君を心の底から尊敬し,頭の下がる思いです。ほんとに凄いことです。また結果のみならず,障害界において同僚からも一目置かれるほどの技術を持つ先輩ジョッキーの西谷誠騎手から,「大知の巧さに,一緒に乗っていてゾクゾクするほど。俺,大知の乗り方,好きでたまらないんだよ。ほんと大知は,良いものを持っている」と,トップジョッキーのハートに火をつけるほどなのです。

 そして今では,障害競走のみならず,平地競走の騎乗馬も増え,デビュー当時の勢いがよみがえっている柴田大知騎手34歳。底力溢れる彼の今後にさらなる注目が集まりそうです。

 それでは皆さん,また来月お逢いしましょう。
 ホソジュンでした。
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