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南関フリーウェイ

阿部典子 南関フリーウェイ

第57回 川島正行調教師 レジェンドが蒔いた種

 今年も熱い夏が去り、朝夕に秋の訪れを感じる季節となりました。2014年9月7日に川島正行調教師が天に召されてから、早くも5年が経とうとしています。

 師の悲願でもあったハートビートナイターがスタートしたのは2015年6月。今でも、「川島正行調教師がご健在ならどんなアイディアで楽しませてくれただろうね」と話題になることも多々。5年経ってもなお、その存在が大きなものであることを思わずにはいられません。

 今回は、川島正行調教師にまつわる思い出話にお付き合いいただくことにしましょう。ここからは「先生」という呼び方で綴っていきたいと思います。

 川島先生といえば、まず思い出すのが、馬と同じ視界(見えないのは真後ろだけ)を持っているのでは、と思うほどの観察力です。ある日、先生に用事があったのですが、他の方と馬について熱心に語っていらしたため、5メートルほど離れた後方で気配を消して待っていたところ、振り向いて「なぁ、アベちゃん!」と同意を求められて驚いたことがありました。「先生、お気づきだったんですね」と言うと、「魔法使いのおじさんだからね(笑)」と・・・。

 また、重賞を勝った後、「スタンドの下にいつも車椅子の方がいるから、この花を届けて来て」と、表彰式で受け取った花束を渡すように託されたことがありました。お元気だった頃の先生は、厩舎とレースの行き来に自転車を使用していましたが、常々スタンドの様子を観察していたのでしょう。公正確保のため厩舎関係者はスタンドへの立ち入りが禁止されており、そのために私に託したわけですが、そうでなければ先生自らが手渡したかったに違いありません。「先生からだとお渡しすると、とても喜んでいらっしゃいました」と報告すると、満足そうに「そうか。いつも来てくれているからね、良かったよ」とニヤリとされていたのを思い出します。

 また、故郷と食べることへの思いについて語る忘れられないエピソードがありました。2006年か2007年のことでしたが、当時スタンド東側にあったオッズオン(先生の奥さまのお店)での祝勝会の時だったと記憶しています。厩務員さんたちに「ちゃんと食べてるか、飲んでるか」と声を掛けた後、席に戻ると「食べられることはいいね。みんなで食べるのは楽しいだろう」と語り始めました。

 「騎手になるために八王子(当時、競馬学校があった)に行ったけど、減量しなくちゃいけなくて何も食べられない。それに、家から離れていて寂しかった。毎晩、ふとんをかぶってレモンを齧っていたよ。逃げ出したくてね。でも、家にも帰れないから山に行く電車に乗ってしまおうかと思ったこともあったんだ」と。先生の実家は千葉の山武。当時、八王子というととてつもなく遠い地に感じたのでしょう。「だから、みんなで食べる時間が好きなんだ」と笑っていらっしゃいました。

 常にどうしたら船橋競馬場が楽しくなるか、訪れたファンに喜んでもらえるかを考え続けていた川島正行調教師。その遺志を受け継ぐかのように、近年ではBBQ広場が設けられたり、無料Wi-Fiサービスがスタートしたりと、5年目を迎えたハートビートナイターも好調です。

 そして、もし今、先生がいたら、どんなに喜び、新たな楽しませ方を思案するかと思うことが実現に近づきました。それは、船橋競馬場の大規模リニューアル工事実施のニュース。今年は準備期間で、本格的な工事は来年スタート予定、2023年年度末の完成を目指すとのこと(工事期間中も開催は実施)。スタンド全面建て替え、新たな正面玄関の設置や子どもたちが馬と触れ合える施設も計画されているそうです。

 令和最初の東京ダービー(SI)では、川島正行調教師が活躍を楽しみにしていたフリオーソ産駒から、初めての東京ダービー馬・ヒカリオーソ(川崎)が誕生しました。令和最初・・・そんなメモリアルにさりげなく関わるのも先生らしいな、と思います。

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 「当たりまえのことをコツコツと」と語っていた師が歩んだ馬道。そこに蒔かれた多くの種から、この先もたくさんの花が咲き、多くの実りがあることでしょう。