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南関フリーウェイ

阿部典子 南関フリーウェイ

第69回 孫はJRA重賞ウイナーのケンシンコウ 功労馬アマノミツルギ

 今回は、8月9日に行われたレパードステークス(GIII)の優勝馬ケンシンコウの祖母で、現在は功労馬として暮らしているアマノミツルギについてお伝えしていきましょう。

 2001年5月、新ひだか町三石の村岡農夫さんのもとで誕生したアマノミツルギ(父アジュディケーティング 母コースダンサー 母の父ナイスダンサー)は、3歳の6月に大井の大山二三夫厩舎からデビュー。4戦で引退し、繁殖の道へと進みました。このアマノミツルギの初仔が、ケンシンコウの母マトゥリアルカです。

 「ケンシンコウのレパードステークスは家族みんなで応援していました。最後の直線は観ている僕が舞い上がってしまって(笑)。勝ったのはもちろん嬉しかったけど、ミツルギの血統で勝てたのがすごく嬉しかったです」。そう語ってくれたのは、ケンシンコウの生産牧場で、アマノミツルギが暮らしている静内山田牧場の若き後継者・山田大貴さん。「レースの後、すぐにミツルギの所に行きました。本当は先にお母さんのマトゥリアルカの方に行くのでしょうけれど、やっぱりミツルギへの感謝の気持ちがすごく大きくて」。この言葉からも、アマノミツルギに寄せる牧場の皆さんの想いの深さが伝わります。

 繁殖としてのアマノミツルギは、7頭を競馬場に送り出しました。初仔マトゥリアルカ(父クリプティックラスカル)、第2仔アマノハバヤ(父ウインデュエル)、第3仔エッブレッツァ(父タイムパラドックス)。ここまで牝馬が続きましたが、第4仔は牡馬ソウルシルバー(父フサイチリシャール)。ソウルシルバーは種牡馬となり、今年6月、産駒ベルヴィー(牡馬 母ハートゴールド)が渡邉和雄厩舎(大井)からデビューしています。第5仔は牝馬のマテリアメディカ(父ゴールドヘイロー)、第6仔も牝馬でアリディルーチェ(父ロードアルティマ)。第7仔は牡馬のエンオウ(父マーベラスサンデー)でした。

 エンオウの出産を最後に、繁殖生活を終えたアマノミツルギですが、たぐいまれな母性で1頭の牝馬を競走馬へと導きました。その牝馬はアモーレドルチェ(父バトルプラン 母カリタ 矢野義幸厩舎)。この夏デビュー戦を迎え、競走馬としての大きな1歩を踏み出したアモーレドルチェですが、誕生時には母カリタが育児放棄。牧場の皆さんには大変な苦労があったそうです。

 そんな時、乳母として選ばれたのがアマノミツルギでした。その前年、放牧地で1歳馬(他馬の仔)にお乳を吸わせている母性溢れる姿を思い出し、いろいろ調べて獣医に相談。マッサージなどの様々な工夫を重ねて、乳母にすることに成功したそうです。

 「サラブレッドが乳母になるのは難しく、成功例も少ないそうです。一般的な乳母でも慣れるまではある程度の時間がかかりますが、ミツルギは24時間かかりませんでした。これは本当にすごいこと。この件で、どうやって乳母にできたのか問合せも頂きました。そういうこともあって、アモーレドルチェが競走馬としてデビューできた時はとても嬉しかったです」。

アップ用nf202008pic.jpg それまでのアモーレドルチェは小さな身体を倒れないようにしながら立ったまま眠っていて、その姿に牧場の皆さんも胸を痛めていたそうですが、ミツルギが乳母となってからは安心して過ごせるようになり、ミツルギ自身も久しぶりの仔馬をとてもかわいがっていたそうです。(写真は2011年ソウルシルバーを慈しむアマノミツルギ。きっとアモーレドルチェもこんな風に。)

 「繁殖牝馬は入れ替えも多いのですが、ミツルギは長くうちにいてくれる。そういう意味でも愛着がありますが、オーナーをはじめ、たくさんのいい縁を運んでくれたことにも感謝しています。今回、ケンシンコウがレパードステークスを勝って重賞レースの勝ち馬の祖母になれた。ミツルギの血統がそうなれたことが本当に嬉しいです」。

 話を伺っている間に感じたのは、山田さんのアマノミツルギへの深い感謝の気持ち。以前の取材時にもそういう想いが伝わってきたこともあり、今回記事にさせていただきました。アマノミツルギがいるあの場所で育った馬たちが、それぞれの場所で活躍できますように、たくさんのファンに応援してもらえますように。

 また、静内山田牧場では、来春、2015年の羽田盃(SI)の優勝馬ストゥディウム、2016年京成盃グランドマイラーズ(SIII)の優勝馬で生産馬でもあるレガルスイ、それぞれの産駒が誕生予定。近い未来、ここでも嬉しいニュースをお伝えできればと思います。