南関フリーウェイ
第126回 見守る、育てる、応援する
「大人になった」と実感するのはどんな時でしょうか。そういったことは特に意識することもなく日々を過ごしている気もしますが、「自分も大人側になったな」と思う出来事がありました。
それは5月9日、船橋競馬1Rで新人・椿聡太騎手(東京都出身 20歳 山田信大厩舎)が初勝利をあげた時のこと。騎乗したのは、このレースがデビュー戦の3歳牝馬ザーシッダレイ(川島正一厩舎)。
デビューから16戦目での初勝利となった椿騎手。後続を大きく突き放してはいたものの、ゴールするまでは何が起こるかわからないのがレース。カメラを片手に見守る報道陣は「大丈夫そう?」「勝てそう!」「後ろ(2着以降)来てない」など、それぞれが小さな声で独り言のような、会話のような言葉を発していました。それはまさに“見守る”という雰囲気。ゴールの瞬間は「良かった!」「勝てた!」と祝福の言葉が次々と発せられていました。
人馬ともに初勝利となった椿騎手とザーシッダレイを迎えた川島正一調教師、石崎駿調教師(川島厩舎で管理調教師として修業中)、厩舎関係者らはみな笑顔。椿騎手の師匠・山田調教師は川島調教師にお礼を伝えて握手。その光景からは、ひとつの責任を果たした大人たちの安堵の気持ちが伝わってきました。
記念撮影には騎手会会長の川島正太郎騎手をはじめ、椿騎手の兄弟子にあたる篠谷葵騎手など多くのジョッキーが参加。後輩の初勝利を祝う様子はアスリートならではの頼もしさがあり、それぞれがかっこいい!その時、ふと思いました。みんな“元新人”だな、と。

2007年にデビューした笠野雄大騎手は初陣のパドックで笑顔を見せていたけれど、後に「ものすごく緊張していた」と話してくれました。2008年、川島正太郎騎手はデビュー当日に初勝利。その時、少し涙ぐんでいたのを思い出します。2009年、小杉亮騎手は記者からの「怪我なく頑張ってね」という言葉にニコっとしながら「はい」と答え、2014年の仲野光馬騎手は、紹介式の直前に師匠だった川島正行調教師からの指示でブーツの砂をタオルで拭いていました。それぞれが周囲に見守られ、祝福の中で迎えた騎手人生のスタート。そして今回は椿騎手がその輪の中心に。
「うまく乗れないレースばかりだったので、初勝利できてほっとしています。関係者への感謝を忘れずにひと鞍ひと鞍大切に乗っていきたいです」と語り、「おめでとう」の拍手に笑顔を見せた椿騎手。この先、たくさんの光ある騎手人生となりますように。
さて、椿騎手の口取り撮影にも加わった山中悠希騎手はこの日の前日、東京湾カップで重賞初制覇。デビュー14年目で待望の栄冠となりました。騎乗したのはケンシレインボー(船橋・佐藤裕太厩舎)。
山中騎手といえば2012年4月、デビュー戦直後の悔しさに満ちた表情が印象的でした。あの時、一人で鞍の片づけをしながら絞り出すように言った「これをバネに頑張ります」という言葉。その後、高知に修行に行き、2013年度プロスポーツ大賞の地方競馬部門で新人賞を受賞。2018年にはホッカイドウ競馬で期間限定騎乗するなど、地区の枠を越えて腕を磨いてきました。これまで骨折などの大きな怪我も経験。ひとことでデビュー14年目といっても、悩みながら乗り越えて来た苦難もあったことでしょう。今年の目標として重賞を勝ちたいと語っていた山中騎手。勝てて良かった。本当に良かった。新人の頃を思い出すとなおさらそう思うのです。
また、山中騎手の重賞初勝利の喜びに一層の深みを感じさせたのは「自分は騎手時代に重賞を勝てなかったので、懸命にやっている悠希に重賞を勝たせることが目標のひとつでもありました。ものすごく嬉しいです」という佐藤調教師のコメント。そして、ケンシレインボーのデビュー戦から2度の勝利に導いた岡村健司騎手が口取りの輪に加わっていた姿。どちらもぐっと心に沁みました。
見守る、育てるという姿勢。そこには、誰かの成功を喜び、応援する気持ちが常に潜んでいる。新人騎手の初勝利、中堅騎手の重賞初制覇からそんなことを思いました。