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第96回 競馬界に灯る「手仕事」「技術」の文化

2022.11.25
 先日、民藝運動で知られる柳宗悦(やなぎむねよし)さんの著書と出会いました。日本の手仕事の美しさ、技術の高さ、使いやすさ、そこに息づく歴史を、良いものとして次に繋げていくのが大切だという内容。
 競馬の話は出て来ませんが、読み進めているうちに、競馬にもいくつもの手仕事があり、実用と見栄えを兼ね備えた「伝統の技術」や、受け継がれて来た「技」があることに気が付きました。

 競馬で目につきやすい手仕事といえば、馬のたてがみを三つ編にしたり、いくつもの束にしたりした「おしゃれ馬装」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

 たてがみのおしゃれでは、以前は「ワタリを編む」という言葉もよく耳にしました。「ワタリ」は長い3束の毛糸。この毛糸をたてがみに編み込んでいく馬装は、厩舎カラーや騎手服・馬主服とのコーディネートなどもあり、魅力ある「手仕事」のひとつでした。もう何年も前になりますが、レース前の馬房でベテラン厩務員さんがもくもくとワタリを編んでいる姿を見た時には、その場の空気に大切な何かが宿っているような印象さえもありました。小さな物音、そこにいるという気配さえも消さなくてはいけないのではと思うほどの厳かな雰囲気。それは代々受け継がれて来た技術が放つ、オーラや空気感からだったともいえそう。イメージ写真として、超良血場アゲヒバリ(https://www.jbis.or.jp/horse/0000804088/)のパドック写真を添付しておきましょう。

 第96回 競馬界に灯る「手仕事」「技術」の文化の画像 たてがみを編むことは見栄えの良さ以外に、実用的な意味もあるといいます。以前、編むことによってたてがみがステッキや手綱に絡みつくことを防ぎ、操縦性の向上や安全な競馬にも繋がっていくのだと聞いたことがありました。見栄えと実用を兼ね備えているからこそ、たてがみのおしゃれは古くから受け継がれているのでしょう。競馬場でワタリを編んだ馬を見かけることは少なくなりましたが、覚えておきたい競馬文化のひとつです。

 たてがみといえば、マツアルダニティー(https://www.jbis.or.jp/horse/0000318794/)という馬を思い出します。1999年12月の中山競馬場、新馬戦での馬体重は398キロ。小柄な馬体ですが、何より目を惹いたのはその馬装のかわいらしさ!細かく編んだ三つ編み1本1本に小さなリボンとお花の飾り。ピンクをメインカラーにした馬装は、パドックで目にした瞬間に「うわぁ♪」となるほどでした。その後、厩務員になったばかり(当時)という担当の方から「パドックで1番かわいく見えるようにしてあげたい」という思いのもと、時間をかけて指がつりそうになりながら仕上げ、晴れのデビュー戦に送り出したと伺った思い出があります。それ以来、パドックで馬装を見るのが楽しみになりました。

 そのほか、ベテラン厩務員さんが麻ヒモを束ねて馬を磨く道具を作っているのを見かけたこともあります。「本当は藁で作るけどね。古いやり方で恥ずかしいなぁ」とおっしゃっていましたが、馬に合わせ、自分の手に馴染む道具を作るという場面を目にするとても貴重な機会だったのだと思い返しています。

 また、今では寝藁よりもチップを使う厩舎が増えた印象ですが、ベテランの中には、フォーク状のものではなく、棒1本で寝藁を操る職人技を持っている方もいるとか。「クルクルって巻いていくのがすごいんですよ。ぜひ、1回見せてもらった方がいいですよ!」と周囲の皆さんが教えてくれたことがありました。

 以前、友人の牧場でフォークでの寝藁作業を体験させてもらったことがありますが、これがかなり難しい。ミルフィーユ状にうまく重ねないと、フォークで刺して移動しようとしてもバラバラになり、すぐに音を上げてしまいました。あの作業を棒1本で・・・と思うと、やはり熟練の技、厩舎作業の歴史、という言葉を思い浮かべずにはいられません。

 思い起こせば、今だからこそ聞いておきたい、取材しておきたい、伝えておきたいと思う「手仕事」や「伝統」がたくさんあることに気づかされます。もちろん、便利なものには重みが無いから伝統を重視すべきだということではなく、「温故知新」の気持ちを抱きつつ。まだまだ競馬の魅力探求は続きそうです。

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