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馬ミシュラン

小山内完友 馬ミシュラン

第101回 『記録に残るレース』

 3月24日、大井競馬第9競走「弥生賞」は、まさに「記録に残るレース」となった。

 そのレースは概定番組発表時から注目のレースであった。A1下選抜馬による1000㍍戦。少なくともA級の1000㍍戦は記憶にない。記録を調べてみても発見できず、少なくとも30年以上は行われていない。

 レコードタイムは昭和51年(1976年)12月3日に2歳馬ジョーンズシャダイがマークした58秒9。41年間破られていない、大井競馬で最も古いレコードタイムである。昭和50年代にマークされたレコードタイムはダートグレード競走が行われている距離は軒並み更新されているが、A級の競走がない距離は更新されていない。

 まして1000㍍戦は2歳、3歳の新馬、未出走・未受賞戦等でしか行われておらず、時計の掛かるナイター砂になった昭和60年代以降、更新はほぼ期待できない状況であった。それだけに、新聞を作りながら、いったいタイムはどれぐらいになるのか、ひじょうに興味があった。もちろんその時に過去の事例を探したのだが、前述の通り少なくとも30年は組まれていなかった。

 推定タイムの担当者は「推定タイムをレコードタイムに設定するのは、ちょっと勇気がいる」と言って良馬場59秒台、重馬場58秒台という「日和った」設定に。

 もうひとつ。大井の1000㍍はスタートしてから最初の3コーナーまで184㍍。A級の馬なら概ね11秒で到達することになる。1200㍍が最初の3コーナーまで384㍍で、概ね23秒であることを考えれば、レース前に「危険ではないか」と思われて当然である。あるいは何もA級でなく、まずB級あたりで組むのが妥当ではないかと。

 そのことについて競走課の方に聞いてみると、「それは考えましたが、まず目標となるレースを組まないと」という話。そもそも、古馬の1000㍍戦をなぜ組んだのかを問うと、「トレーナー側からの要望です」とのこと。距離にバラエティーを持たせることには反対ではないし、騎手もプロであるから「まあ心配ないか」、それが大方の見方である。

 「弥生賞」というレース名も、なんとも言い難いものがあった。せめて「弥生スプリント」とか、そういうネーミングに出来なかったものか。通常「弥生賞」と言えば普通は中山の「弥生賞」を思い浮かべる。

 レースは「フルゲート」の12頭立て。番組で最大出走頭数を制限された。競馬場側もそういう認識はやはりあったのだろう。

 注目のスタートは、2番人気のサトノタイガーとトレボーネ、サウスビクトル、そしてレースを引っ張ると思われていた1番人気のルックスザットキルが大きく出遅れてしまい、後方からという波乱の幕開け。1000㍍戦だけにスタートの失敗は致命的だ。そして、それが騎手の心理に影響を及ぼす。

 有力馬の出遅れで意外にペースは上がらず。押してアルゴリズムがハナに。それにディーズプリモとツルオカボルト、ロケットダッシュが続く。

 出遅れた1番人気のルックスザットキルは押して追い上げる。しかし3コーナーで前を行くサウスビクトルに接触し、騎手がバランスを崩しまさかの落馬、競走中止となってしまった。

 ムチを持ち替えようとした時に、手綱を持つ手が一瞬片手となり、その時馬が急激に内に切れ込んだためであった。騎乗した早田功駿騎手は「進路選定の判断を誤った」ということで、2日間の騎乗停止に。

 レースはその後もペースが上がらず、2番手にいたツルオカボルトが直線抜け出し、上がり35.6で追い上げるラクテに1馬身半の差を付けゴール。参考までにラップタイムはスタートから、12.1-11.1-12.1-11.9-13.1となり、レースタイムは1分00秒3。2歳の新馬戦よりも2秒ほど速いタイムに留まったのは意外であったが、期待された快速馬がスタートであおって出遅れたのがペースに響いた。

 当日は観に行きたかったのだが、仕事の都合で会社にてテレビ観戦。レース後、競馬場に電話を掛けたら、番組担当者も「う~ん」と唸る。

 チャレンジすることは悪くはないと思うし、今回は多分に実験的要素が強かった。ある意味予想を超える結果となってしまっただけに、果たして次があるのかどうか、微妙なところである。