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第132回 『3Kからの脱却』

2019.12.17
 先日、知り合いの育成スタッフと話をしていてハッとさせられた。「昔で言うところの半ドン、つまり半休って、お昼の仕事を過ぎてからじゃないですか。でも、6時始業の牧場は10時過ぎで仕事を上がってもいいことになるんですよね」
 その気になれば、24時間労働の自由業だけに全く気付かなかったことであったが、厚生労働省が定める労働時間は1日に8時間であり、しかも1週間に40時間を超える労働をさせてはいけないという。

 これが全て当てはまる労働者の皆さん(含む自分)は、かなり少数だと思われるが、今は労働基準法が事業者に与える罰則が厳しくなったことや、労働基準監督署の監督指導も入るために、国によって決められた労働条件を遵守しなくてはいけなくなった。

 しかし、牧場の仕事となると、その労働条件では上手く行かないことも増えてくる。まずは先ほどの「半ドン」の問題。牧場の始業時間は5時から6時とされているが、それよりも早く現場に来ている方もいるはず。また地方競馬場では午前2時から調教が始まっているところもある。

 一般的に「半ドン」とされるのは、その日の昼までの労働である。だが、ある地方競馬場のように午前2時から12時まで調教をつけたり、その後に寝わら上げといった作業をしていたとするなら、それだけで10時間労働となり、法律的には一日の労働が終わったと見なされるべきだろう。

 だが、地方競馬ではそこから競馬開催が始まるところもある。その場合の労働時間は、到底法律的には認められないものとなっていくはず。だが、致し方ない面もあるのは、競走馬を扱えるような人、しかも、その馬をよく知っている人は、それほどの数がいるとも思えず、結果的には物凄いサービス残業になってしまっているのが実情なのだろう。

 だが、その牧場では1日の労働時間が8時間だと設定されているだけでなく、午前と午後の仕事も4時間で分けられている。つまり、「半ドン」で勤務をした場合、6時にタイムカードを押したとするなら、4時間後の10時には仕事を上がっていいことになるのだ。

 知り合いの牧場スタッフは話を続ける。「例えば午前中に4鞍の調教をつけるとするなら、そのスタッフは2鞍を乗り終えた時点で『お疲れ様』となります。法律的には当たり前のことであり、本人からも『午前中までは馬に乗りますよ』とは言ってもらえるものの、ルールはルールですからね...」

 他の育成スタッフからも、労働時間の件ではこんな問題があることを告げられた。「他の牧場から来た馬の慣らしを行っているのですが、午後の労働時間の関係もあって、長い時間をかけて取り組むことが難しくなっています。結果的にもう少し時間をかけたい馬が、明日でもいいか、という気持ちになってしまったり、この日に慣らしを行おうと思っていた馬が先送りになるなど、改めて時間内に仕事を終わらせる難しさを感じています」

 そもそも馬が生き物である以上、人間が決めた時間に当てはめた行動をさせること自体が無理なのかも知れない。しかも先述したように、競走馬を扱える人の数は、日本国民の中では限られた人数であろうし、しかも、慣らしといった技術を持っている人の数は更に少なくなっていく。

 労働時間に見合った労働をこなすのが難しいとなれば、必然的に労働力を増やさざるを得ない。それが最近の北海道にも増えてきた、インド人のような外国人ホースマンの増加ともなっているのだろう。それは必然的に人件費の増加にも繋がるために、経営者とすれば頭の痛くなる問題かもしれない。だが考え方を変えれば、日本人の労働力、特に若者を好待遇で現場に招く機会とも言える。

 好待遇というのは、いささか語弊があるのかもしれない。そもそも経営者となっているようなホースマンの皆さんは、信じられないようなサービス残業を馬のために費やしてきた方。それを、「労働時間は8時間ポッキリ!休みも確実に毎週ありますし、なんなら連休もどうぞ!」と口では言いながらも、俺の働いていた頃はな...と拳を握りしめている方もいるはずだ。

 馬を扱う仕事はいわゆる「3K」でもある。その中で「きつい」という言葉は、労働条件の緩和によって、馬は好きだけど、長時間の労働に抵抗を感じていた人にとっては敷居がかなり低くなったはずだ。

 他の2つである「汚い」「危険」に関しては、馬という動物を扱っている以上、仕方の無いことであり、少なくとも「危険」に関しては、経験を重ねながら注意力を身につけていくことでかなり回避できる。色々な意見や問題こそあるだろうが、まずは一人でも多くの人材が、競馬というこの素晴らしき世界に入ってくれることを信じてやまない。

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