烏森発牧場行き
第260便 相良の人たち
2016.08.09
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2008(平成20)年の皐月賞とダービーと菊花賞に、いずれも武士沢友治騎乗で出走した小桧山悟厩舎のベンチャーナイン(父エイシンサンディ、母グラッドハンド、母の父コマンダーインチーフ)の馬主は、静岡県牧之原市相良で自動車のボディミラーを製造する本杉芳郎さんである。
「わたしにとっては3冠馬です」
北海道の牧場の放牧地で知りあった私に、とてもうれしそうな顔で本杉さんは言い、
「牧之原から近い御前崎の、夕日が染める海を眺めに来ませんか」
と誘ってくれた。
私は御前崎に出かけ、光の帯がまぶしい海を本杉さんと眺め、酒をのんだ。
「競馬との出会いは?」
「わたしは立教なんですが、大学の近くのすし屋で出前のアルバイトをしてたんですよ。その店に競馬好きの客が集まって、話を聞いてるうちに面白そうだなと。スピードシンボリ、アカネテンリュウの時代です。」
そう言う本杉さんは私より十歳若い。
「小学校の5年生ぐらいでしたかね、母親がめずらしく神妙な顔をして、芳郎は9月9日の夜9時に生まれてきたと言うんですよ。それがわたしの脳に染みこんだのでしょうね、9という数字が自分の中心というか根っこにあるというか、つまり、9を愛してしまったんだなぁ。
馬券をやっているうちに馬主になってみたいと思ったわけですが、初めて持った馬に、セプテンバーナインという名前をつけました。
ベンチャーナインは、9しかない、9こそわがいのちと思いをこめたベンチャーナインです。京成杯で12番人気でクビ差の2着。弥生賞もフジテレビ賞も走ってくれて皐月賞のゲート。夢のなかにいました。
ダービーのゲートにもいるんですよね。鞍上に武士沢騎手。久しぶりに会ったとき、本杉さんの最初の馬はセプテンバーナインという名前でしたねと言ってくれたジョッキーでした。その武士沢とベンチャーナインがダービーのゲートに。泣きそうになりましたよ。
夢が続くんです。それを奇跡というんですかね。菊花賞も走る。8番人気でびっくり。6着でびっくり。京都競馬場の青空をしっかりと目に焼きつけました」
本杉さんの話がうれしくて、私たちは明け方まで酒をのんだ。
ベンチャーナインの「3冠」から8年が過ぎた2016年6月4日、東京8R3歳上500万下、ダート2100㍍。16頭立て8番人気の小桧山悟厩舎のワトソンクリック(父ホワイトマズル、母ジュウモンジ、母の父ティンバーカントリー)が、トミー・ベリー騎乗で16戦目の2勝目をあげた。本杉さんの馬である。
母の名がジュウモンジ。十文字。おっ、10か、9でなく、なんて冗談を思いながらウインズから家に帰り、ワトソンクリックの成績を調べた。2014年8月にデビューし、4戦目の10月に2歳未勝利を勝ち、それから11戦、勝ってなかった。
本杉さんのうれしさ、どんなだろう。私が手紙を書くと、「まさか、びっくりの1着」と返事がきて、馬名ワトソンクリックの由来を書いてあった。
10年前、日経紙の(私の履歴書)を分子生物学の渡辺格博士が書き、エリザベス女王杯の表彰式にゲストとして登場した二人の科学者、ジェームス・ワトソン、フランシス・クリック両博士のことが書かれていて強く印象に残り、思いきって馬名にしてしまったということだ。
6月11日、私は北海道の社台ファームから追分ファームへの移動中にラジオで、東京10R八王子特別を聞き、連闘のワトソンクリックが戸崎圭太騎乗で16頭立て6番人気。勝った。
本杉さん、どんなだろう。家に帰って私は手紙を書いた。
「ワトソンクリックのまさか。夢ではないか。こんなこと、人生に二度とない」
ケイタイで本杉さんの声が弾み、
「わたしは馬が勝つと、相良の仲のよい友だちに声をかけて酒をのむのが、馬主をやっているいちばんの幸福なんですよ。じつはワトソンクリックの初勝利のときも宴会をやったんです。
連闘で、まさかのワトソンクリック。もう相良の人たちを集めるしかない。お時間あったら来てくださいよ」
そうつけくわえた。
6月23日、私は牧之原へ出かけた。相良の「寿しとも」のカウンターと二つの小上がりに三十人ほどがいて、小桧山調教師も笑っていた。
飲んで騒いで、海辺のペンション「むぎわらぼうし」に泊まり、帰りの新幹線「ひかり」に乗って、ポケットの紙きれを見た。酔っぱらって笑いながら、ここにいる相良の人たちは、どんな仕事をしているのかメモっていたのだ。字も酔っぱらっている。
○パチンコ店をいくつも営み、ゴルフ場や温泉も経営している下戸のハヤマさん。○ヘリコプターの名操縦士で、造園業も営む紳士のオオクボさん。○TDKの何かの?ヤマザキさん。○女にめっぽう好かれるハセガワさん。○マジメな鉄屋のマツダさん。○社台共有馬主クラブ会員で、オルフェーヴルを持っていたメロン農家のナガノさん。○せいぎょ(制御?何の?)のヤマモトさん。アル中のうわさ?○競馬大好き。内科医で鹿児島出身の隆孝太郎さん。○テニスのモトハシさん。○このひと凄いの。何が凄いのか聞きはぐった千夏さん。○琴奨菊と染めた半袖シャツを着てる料理屋のおかみさん。○ゆったりとみんなに気配りしているユーコちゃん。○ノムラ証券のナントカさん。○商工会のナントカさん。
わけのわからないメモで、仕事も名前も正確なのかどうかわからないけれども、ワトソンクリックのまさかに、本杉さんの幸福に、拍手をしに集まった相良の人たちがいたという、私の大切な記録である。
「なんだか、相良の人たち、みんな、いい奴なんですよ。一生懸命にはたらいて、みんなで人生を面白くしようじゃないかと。
わたしの馬はめったに勝たないけど、だから勝ったら、集まって騒ぐんです」
と本杉さんが言っていたのを、そのメモを見ながら私は思いだした。
「わたしにとっては3冠馬です」
北海道の牧場の放牧地で知りあった私に、とてもうれしそうな顔で本杉さんは言い、
「牧之原から近い御前崎の、夕日が染める海を眺めに来ませんか」
と誘ってくれた。
私は御前崎に出かけ、光の帯がまぶしい海を本杉さんと眺め、酒をのんだ。
「競馬との出会いは?」
「わたしは立教なんですが、大学の近くのすし屋で出前のアルバイトをしてたんですよ。その店に競馬好きの客が集まって、話を聞いてるうちに面白そうだなと。スピードシンボリ、アカネテンリュウの時代です。」
そう言う本杉さんは私より十歳若い。
「小学校の5年生ぐらいでしたかね、母親がめずらしく神妙な顔をして、芳郎は9月9日の夜9時に生まれてきたと言うんですよ。それがわたしの脳に染みこんだのでしょうね、9という数字が自分の中心というか根っこにあるというか、つまり、9を愛してしまったんだなぁ。
馬券をやっているうちに馬主になってみたいと思ったわけですが、初めて持った馬に、セプテンバーナインという名前をつけました。
ベンチャーナインは、9しかない、9こそわがいのちと思いをこめたベンチャーナインです。京成杯で12番人気でクビ差の2着。弥生賞もフジテレビ賞も走ってくれて皐月賞のゲート。夢のなかにいました。
ダービーのゲートにもいるんですよね。鞍上に武士沢騎手。久しぶりに会ったとき、本杉さんの最初の馬はセプテンバーナインという名前でしたねと言ってくれたジョッキーでした。その武士沢とベンチャーナインがダービーのゲートに。泣きそうになりましたよ。
夢が続くんです。それを奇跡というんですかね。菊花賞も走る。8番人気でびっくり。6着でびっくり。京都競馬場の青空をしっかりと目に焼きつけました」
本杉さんの話がうれしくて、私たちは明け方まで酒をのんだ。
ベンチャーナインの「3冠」から8年が過ぎた2016年6月4日、東京8R3歳上500万下、ダート2100㍍。16頭立て8番人気の小桧山悟厩舎のワトソンクリック(父ホワイトマズル、母ジュウモンジ、母の父ティンバーカントリー)が、トミー・ベリー騎乗で16戦目の2勝目をあげた。本杉さんの馬である。
母の名がジュウモンジ。十文字。おっ、10か、9でなく、なんて冗談を思いながらウインズから家に帰り、ワトソンクリックの成績を調べた。2014年8月にデビューし、4戦目の10月に2歳未勝利を勝ち、それから11戦、勝ってなかった。
本杉さんのうれしさ、どんなだろう。私が手紙を書くと、「まさか、びっくりの1着」と返事がきて、馬名ワトソンクリックの由来を書いてあった。
10年前、日経紙の(私の履歴書)を分子生物学の渡辺格博士が書き、エリザベス女王杯の表彰式にゲストとして登場した二人の科学者、ジェームス・ワトソン、フランシス・クリック両博士のことが書かれていて強く印象に残り、思いきって馬名にしてしまったということだ。
6月11日、私は北海道の社台ファームから追分ファームへの移動中にラジオで、東京10R八王子特別を聞き、連闘のワトソンクリックが戸崎圭太騎乗で16頭立て6番人気。勝った。
本杉さん、どんなだろう。家に帰って私は手紙を書いた。
「ワトソンクリックのまさか。夢ではないか。こんなこと、人生に二度とない」
ケイタイで本杉さんの声が弾み、
「わたしは馬が勝つと、相良の仲のよい友だちに声をかけて酒をのむのが、馬主をやっているいちばんの幸福なんですよ。じつはワトソンクリックの初勝利のときも宴会をやったんです。
連闘で、まさかのワトソンクリック。もう相良の人たちを集めるしかない。お時間あったら来てくださいよ」
そうつけくわえた。
6月23日、私は牧之原へ出かけた。相良の「寿しとも」のカウンターと二つの小上がりに三十人ほどがいて、小桧山調教師も笑っていた。
飲んで騒いで、海辺のペンション「むぎわらぼうし」に泊まり、帰りの新幹線「ひかり」に乗って、ポケットの紙きれを見た。酔っぱらって笑いながら、ここにいる相良の人たちは、どんな仕事をしているのかメモっていたのだ。字も酔っぱらっている。
○パチンコ店をいくつも営み、ゴルフ場や温泉も経営している下戸のハヤマさん。○ヘリコプターの名操縦士で、造園業も営む紳士のオオクボさん。○TDKの何かの?ヤマザキさん。○女にめっぽう好かれるハセガワさん。○マジメな鉄屋のマツダさん。○社台共有馬主クラブ会員で、オルフェーヴルを持っていたメロン農家のナガノさん。○せいぎょ(制御?何の?)のヤマモトさん。アル中のうわさ?○競馬大好き。内科医で鹿児島出身の隆孝太郎さん。○テニスのモトハシさん。○このひと凄いの。何が凄いのか聞きはぐった千夏さん。○琴奨菊と染めた半袖シャツを着てる料理屋のおかみさん。○ゆったりとみんなに気配りしているユーコちゃん。○ノムラ証券のナントカさん。○商工会のナントカさん。
わけのわからないメモで、仕事も名前も正確なのかどうかわからないけれども、ワトソンクリックのまさかに、本杉さんの幸福に、拍手をしに集まった相良の人たちがいたという、私の大切な記録である。
「なんだか、相良の人たち、みんな、いい奴なんですよ。一生懸命にはたらいて、みんなで人生を面白くしようじゃないかと。
わたしの馬はめったに勝たないけど、だから勝ったら、集まって騒ぐんです」
と本杉さんが言っていたのを、そのメモを見ながら私は思いだした。