南関フリーウェイ
第106回 繋いでいく馬道の風景
去る9月7日で、川島正行調教師(船橋)の逝去から9年が経ちました。以前こちらで連載していた「川島ファミリーが行く 馬道ひとすじ」のまとめも兼ねて、厩舎公式サイトに携わっていた当時の出来事を振り返ってみることにしました。
川島正行調教師といえば、地方競馬を代表する数々の名馬を手掛けたことはもはや語るに及ばないこと。ここでは、川島調教師が歩んだ真っすぐな馬道の傍らにあった、日常の風景を見ていければと思います。
川島調教師と聞いてまず思い浮かぶのは、“馬の脚元に目をやる姿”。以前、「川島調教師の厩舎での写真を提供して欲しい」という依頼を受けたことがありました。数々の写真をチェックしていて気がついたのは、馬の脚元を見ている姿が多いということ。
厩舎取材では川島調教師が前を歩き、その後ろをついて歩くというスタイル。歩きながら話を聞き、厩舎の日常を伝える記録として、洗い場で管理馬を見る川島調教師を背後や少し離れた横からそっと撮る、という流れでした。管理馬のチェックのために洗い場に行っているので、脚元に目線がいくというのは当然といえば当然。でも、その他の場面でも、ちょっとした時にでも、馬の脚元に目を向けている姿が写真におさめられています。そのほとんどが後ろ姿なのですが、背中からも「じっと見ている」様子が伝わってくるのは名伯楽ならではのものだったのかも知れません。
同時に思い浮かぶのは、頻繁に催された「宴」。騎手時代に経験した減量の苦しみから、みんなでワイワイ賑やかに食事をするのも大好きだった川島調教師。スタンドの東側で奥様が経営していたレストランでは、厩舎関係者やマスコミを招いての祝勝会や慰労会が開かれるのもお馴染みで、それもまた川島調教師の厩舎づくりの一風景だったように思います。
遠慮がちにしている若手騎手には「隅っこに座っていないで、こっちに来て先輩たちからいろいろ話を聞きなさい。ちゃんと挨拶してから話を聞くんだよ」と言い、周囲には当時珍しかった日本酒の蔵元が作ったというお気に入りのワインを振舞い、「食べているか?」「飲んでいるか?」と声を駆けて歩く。楽しい席で、礼儀も教えて行く。人と人を繋ぐ。それも川島正行流だったように思います。
そういった席で馬の話になると「馬はまず顔だよ。引き締まったいい顔をしているかどうか。人間だって、いい顔をしていることが大事」と語ることも。その「いい顔」という表現に深い意味が込められていたのは確かですが、今ではもう、その深さについて尋ねるすべがないことにふと寂しさを感じます。
また、アイディアマンで知られた川島調教師ですが、思い立ったら吉日、良いと思ったらすぐ実行という気風もあり、周囲にもそのスピードを期待する面があったように思います。「調教師が思いついたことがあるみたいだから電話してみて。すぐに(厩舎HPに)載せて欲しいって」と厩舎マネージャーから連絡が来ることもありました。それはたいていファンサービスに関するひらめき。
その中で、実現こそしませんでしたが、「らしさ」を感じさせたものに「花束を運ぶ犬」がありました。それは、地元の球団・千葉ロッテマリーンズと交流を深め、野球を通じて知ったベースボール犬(ボール犬)から感銘を受けた川島調教師が、「競馬場でも表彰式の時にかわいい犬が花束を持って来てくれたら、ファンも喜ぶのではないか」と考えたもの。実現のために、ドッグトレーナーともコンタクトを取っていたようです。
マスコミを大切にしたのも川島調教師。「話し手がせっかく話してくれたのだから、聞いた話は小さなことも無駄にすることがないよう、きちんと伝えるんだよ。マスコミに宣伝してもらって、ファンの皆さんに知っていただいてこその船橋競馬場だからね」と常々話していました。
その言葉を思い出しながらこの回を書いていますが、「ちゃんと伝えてくれよ。そうか、そんなこともあったなぁ」と、川島調教師はおっしゃるでしょうか。川島調教師が馬道で蒔いた「種」。そこから咲いた花は、時代に合わせて形を変えながら、この先も競馬場の風景を彩っていくのでしょう。