南関フリーウェイ
第117回 過去と現在、猛暑対策を振り返る
もうずいぶん前のこと。「船橋の川島正行厩舎って、馬房に冷房が付いてるんだって?すごいなぁ」と、他地区で厩務員をしている友人が話していたことがありました。ふと思い起こすと、その当時は暑さもこれほどではなく、南関東でも馬房に扇風機というのが通常モード。「馬には自然の風が良い」「馬房の裏に木があるから他の場所より涼しい」という声も。同一厩舎内でも、冷房が設置されている棟とそうではない棟があり、「冷房がある所には、特に暑さに弱い馬を入れている」というパターンもありました。
同じ頃、地方在住のハトコが夏期講習受講のために、我が家に滞在したことがありました。日の出と同じくして朝日がサンサンと差し込む部屋で約10日間、扇風機のみ、エアコンの無い状態で寝起き。今ではもう、そんな環境に泊めるなんて、とてもじゃないけど考えられません。
話を競馬に戻しましょう。馬たちの健康のために、暑さを凌ぎ、冷やし過ぎず・・・と活躍している冷房設備。昨年夏、とある厩舎で「冷房が壊れて大変だったよ」となんとも気の毒な話を耳にしました。
冷房設備の故障と聞くと、寝藁やチップなどの細かい屑がもとで故障するのかと思っていたのですが、実際には馬たちの排せつ物によるアンモニアが原因ということが多いそう。関東の夏の、じっとりと温まった湿気とアンモニア・・・文字に起こしただけでも大変な様子が伝わって来るような。
一方、屋外での暑さ対策もどんどん進化しています。今では、パドックでのミストやレース後のシャワー装置もすでにお馴染み。現場のみならず(掲載写真は浦和競馬場)、SNSなどを通じてシャワーで涼む馬たちの様子を目にすると、「同じ生きものだもの、涼しくて癒される、その気持ちわかる」と思うこともしばしばです。
そういえば、以前、「各馬房の上部にミストをつける」という、当時としてはとても珍しい新装置を目にしたことがありました。ちょうど設置したてホヤホヤ。馬たちが驚かないように、初めてのミストがそっと、細く、弱く、しゅわぁぁ~と出た時のことは今も記憶に鮮明です。
なんといっても忘れられないのは、馬たちの反応のかわいらしさ。全く気にしない馬もいましたが、多くは「なにこれ?」というように、馬房の入り口にお尻を向けて奥へと避難。厩舎スタッフが「大丈夫、心配ないよ」と声を掛ける中で、横目と耳でミストの気配を伺う様子は、夏が来るたびに思い出すほど。それは、少しでも良い環境にしてあげたいと願う、厩舎関係者の思いを感じる光景だったからなのかも知れません。
取材時の暑さについての話を思い起こすと、「昔は厩舎にたくさん燕の巣ができていたけど、最近は暑すぎるのか燕もあまり来なくなったね」と競馬場育ちの方から聞いたことも。「つる植物で緑のカーテン」「日よけの葦簀(よしず)を設置」なども知られていますが、もはやそれだけでは凌ぎきれないほどの猛暑。厩舎での冷房装置の普及率が実際どれくらいなのかはわかりませんが、さまざまな暑熱対策が施されているのを目にすると、早く涼しくなって欲しいと願わずにはいられません。
それでも少しずつ秋は近づいているようで、浦和競馬場の日没後には、内馬場から涼やかな虫の音が聞こえていました。場所はゴール板を過ぎたあたりの業務エリア。この虫の音がスタンドで聞こえるかどうかは不明ですが、開催中の競馬場で、虫の音が聞こえることに小さな感動を覚えました。地方競馬ならではの「競馬以外のもの、その土地との近さ」はこういうことにも表れていると言えそうです。
さて、冒頭でちょこっと登場したハトコもすでに大人世代。以前、「競馬場に行ってみたい!仕事の後に行けるところがいいな」と話していました。行動力があるハトコのこと。もしかしたら、もう何度も行っているのかも。久しぶりに連絡してみようかな、と思う夏の終わりです。