JBIS-サーチ

国内最大級の競馬情報データベース

第141回 『ゾース、馬ソリを引く』PART Ⅰ

2020.09.17
 世界で唯一とされるばんえい競馬。その言葉を借りるのなら、世界で唯一かつ、初めてのレースを目の当たりにしてしまったのかもしれない。

 そのレースが行われたのは、7月26日にむかわ町のばんえい競馬特設会場で開催された、穂別ポニー輓馬大会。以前にもこのコラムの中で草ばんば大会について(107回~109回)取り上げたこともある。

 しかしながら、今年は新型コロナウイルス感染症の拡大防止を図るべく、いたる所で大会が中止。穂別ポニー輓馬大会が、今年、道内で行われた最初の草ばんば大会となっていた。

 突然だが、話は7月13日と14日の両日、ノーザンホースパーク特設会場で行われていた、「セレクトセール2020」へと遡る。コロナ禍の影響を全く感じさせないストロングセールの片隅で、その情報はもたらされた。

 教えてくれたのは、草ばん馬界ではその名を知らない人はいない、とある牧場の場長。

 目の前を次から次へと高額落札馬たちが通り過ぎていく中、その世界観とは全く対極に位置しているような草ばん馬の話をしていた時、「今度の穂別の大会に、シマウマの仔が出るかもしれないよ」 と突拍子も無いことを聞かされた。

 勿論、シマウマが草ばん馬に出るのでは無く、父シマウマのポニーサイズの馬が大会に出てくるということだったのだが、それでも、縞模様が付いた馬が人が乗ったソリを引いていくだなんて、全く想像がつかない。

 むしろそれが事実となるならば、直前で出走回避になったとしても、見に行く価値がある。先ほどまでせり会場にいたことも関係していたのだろうが、スポッターにサインを送る購買者のように、「行きます!」と言いながら、その場長の前で大きく手を上げていた。

 それから2週間後の7月26日、僕はむかわ町穂別にいた。住所をインプットしたグーグルマップに導かれるまま会場へと向かったのだが、幾度もここでハンドルを切っていいのかと不安になるような田舎道。しかしながら、突然目の前に生い茂っていた草地が開けたその向こうには、何台ものの馬運車と、その脇には車に繋がれたポニーの姿があった。

 ふと前を見ると、出走するポニーのクラス分けをするための体高測定が行われており、その中には、初めて草ばん馬大会に足を運んだ際に色々と教えてくれた、牧場スタッフのTさんの姿があった。Tさんの誘導で車を止めた後、早速、「今日はシマウマのばん馬、来てますか?」と尋ねると、「先ほどまで体高を測っていたので、今は馬運車の方に戻ったかも知れません。見に行きますか?」と案内をしてくれる。草ばん馬を見慣れているTさんですら、縞模様のポニーは初めて見たらしく、「撮影した写真、後でください!」と目をキラキラさせながら話してきた。

 その会話から数分後、自分の目の前には、縞模様をしたポニーの姿があった。しかも、よく見ると縞模様をしたポニーが2頭いる。その姿に言葉を失っていると、Tさんが2頭の縞模様をしたポニーの生産者である、田村義徳さんを連れてきてくれた。

 新冠町内でスターファームという、競走馬の生産牧場を営んでいる田村さんは、縞模様のポニーを生産したいきさつを話し出す。

 「馬の仕事をしていく中で、シマウマの子どもを生産して、ゆくゆくは乗馬にしたいなと思うようになりました。それで神奈川の牧場から牡のシマウマを購入してきたのですが、こちらの思ったように種付けが出来ず、受胎するまで3年の時間を要しました」。その時に受胎したのが、ハフリンガーを母に持つ、牡馬の「しまじろう」。そして、アパルーサを母に持つ牝馬の「しまみちゃん」だった。「シマウマと馬を異種交配させた品種をゾースと言います。今年もハフリンガーを母に持つしまざぶろう(牡)が誕生していますし、現在はクリオージョのお母さんがシマウマの仔を受胎しています」。しまじろう、しまみちゃんと2頭のゾース誕生を聞きつけたのが、「ミスター草ばん馬」との称号を授けたい、先述の場長だった。草ばん馬にゾースを出さないか?との申し出に興味を持った田村さんは、早速2頭のトレーニングを開始。ついに全世界初(多分)となる、ゾースの草ばん馬出走と相成った。
(次号に続く)
トップへ