文字サイズ

文字サイズとは?



HOME > お楽しみ > JBISコラム > 北海道馬産地ファイターズ > 2021年 > 第148回 『いつかは悲しくなるのだろうけど』

北海道馬産地ファイターズ

村本浩平 北海道馬産地ファイターズ

第148回 『いつかは悲しくなるのだろうけど』

 数年前、静内へ取材に向かう道中、朝食を買うために新冠のセブンイレブンへと立ち寄った。自動ドアが開いた時、即座に長身の男性が視界に入ってきた。そこには、せり市場のパレードリンク、そして競馬場のパドックで、少しだけ視線を上に向けたのなら、その姿をすぐに探し出せる岡田繁幸さんが、サラダを片手にレジへと並んでいた。

 この業界で岡田さんほど、声をかけやすい人はいない。いつも、快活な笑顔を返してくれるだけでなく、こちらが何もしていなくとも労いの言葉や、自分の身の回りに起こった楽しいニュースを切り出してくれるからだ。

 「おはようございます!」との僕の言葉を聞いて、すぐに笑顔を返してくれた岡田さんは、「朝に自転車でこの辺りを走っているんだよ。それで、ここで朝食を買っていくわけ」と最近のルーティンを教えてくれる。その後も話は尽きず、最近は馬券の調子がいいという話や、電動自転車がどれほど快適な乗り物なのかを、レジの横で次々と語り出した。

 セブンイレブンの店員も、そんな岡田さんの姿を微笑ましく見ていたが、やはり、決して広くはないと思える商業スペースで、独演会をさせるのも気が引けるし、この後の取材時間も迫っている。

 矢継ぎ早に語られるトークの合間を縫って、「この後、取材もあるので、また、近くに来たら寄らせていただきますね」と話すと、岡田さんは、「ちょっと待って!」と話してキャッシュコーナーへと向かう。

 しばらくしてから、こちらへと戻ってきた岡田さんの手には、払い出されたばかりの一万円札が握られていた。

 「馬券の調子が本当にいいし、今日も当たると思うからもらっておいて」と、その一万円を自分に差し出してくる。まさか、ここでそんなことをされるとも思っていなく、レジの人も驚きの視線をこちらに向けてくるわで、とにかく気まずい。

 「い、いやいや、そんなそんな。受け取れないですよ」と言っては見たものの、岡田さんは、「ここで会ったのも何かの縁だと思うし、いいから貰っておいて」と全く引き下がろうとしない。

 覚悟を決めて、その一万円を受け取ったが、「せっかく、岡田さんが馬券で儲けたお金ですし、今日のレースに全てかけたいと思います。お勧めの馬はいますか?」と話を向けると、少しだけ思案した後、「今日の早い時間のレースに、自分の馬が出る。前走もいいレースをしたし、人気にはなっていると思うけど、多分、勝つよ」と勧めてきた。即座にスマホを開いて出走表を確認すると、その馬が確認できた。岡田さんに、この馬ですよね、と確認を取って、「ならば、この馬の単勝に全てをかけさせてもらいます」と話すと、「それはいいねえ!でも、パドックを見ないと本当の調子が分からないので、心配ならば複勝にしておいた方がいいよ」とのアドバイスももらった。

 その後、自転車で新冠の市街地へと入っていった岡田さんを見送り、取材到着時間がギリギリになることを覚悟して、Aiba静内へと向かう。確実にお金を増やすべく、複勝での購入も考えたが、岡田さんと同じ嬉しさを共有したいとの思いから単勝での購入を決めた。

 取材先には少しだけ遅刻してしまったが、その後も購入した馬券のことを考えてしまうがばかりに気もそぞろになり、こちらに丁寧に生産馬の思い出を話してくれている、生産者の方の後方で放映されていた、グリーンチャンネルをちらちらと見てしまっていた。

 取材の後に行われた撮影中に、当該レースは始まってしまい、取材を全て終えて車の中に入るまでは、結果は分からなかった。

 恐る恐るJRAのサイトを見ると、岡田さんお勧めの馬は快勝。人気ということもあって、一万円は倍に増えなかったものの、それでも、これまで馬券を的中させた時とはまた違った、充実感があった。

 すぐに岡田さんの携帯に電話をかけて、「ありがとうございます!」と伝えると、「良かったねえ!また、牧場にも遊びに来てください」と弾んだ声で言葉を返してくれた。

 この他にも、岡田さんとの楽しい思い出は幾つもある。それは、これをお読みになっている皆さんにも、そのエピソードは数えきれないほどあるはずだ。

 だからこそ、信じられない。悲しくないというよりも、楽しい思い出ばかりが頭を駆け巡る。それでもいつかは、涙が止まらない程に悲しくなるのだろうけど。