文字サイズ

文字サイズとは?



HOME > お楽しみ > JBISコラム > 北海道馬産地ファイターズ > 2023年 > 第169回 『戸川君、ありがとう!』

北海道馬産地ファイターズ

村本浩平 北海道馬産地ファイターズ

第169回 『戸川君、ありがとう!』

 2022年の10月23日、埼玉西武ライオンズに所属する、戸川大輔選手の戦力外通告が発表された。

 このコラムをお読みの方ならご存じかと思うが、戸川選手、いやここからは親しみを込めて戸川君と呼ばせてもらうが、実家はモーリスを生産した日高町の戸川牧場となる。

 まだ戸川君が中学生だった頃、ある取材で戸川牧場を初めて訪ねた時の話となる。自宅の玄関どころか、部屋の至る所に戸川君の活躍の証であるトロフィーや賞状が飾られているのを見て、取材もそっちのけで野球の話をしていると、代表の戸川洋二さんと晴恵さんから、「ぜひ息子に会っていってください!」と言われ、戸川君の帰宅時間まで、お邪魔させてもらうこととなった。

 初めて会った戸川君だが、その頃から180㎝ほどの身長があったように思われた。その大きな体をたたみながら、見ず知らずの自分に対して、戸川君は丁寧に挨拶をしてくれた。

 その後は当時、投打の二刀流で鳴らしていた、戸川君の出場した試合の映像を見ながら話をしていったのだが、その頃からとんでもないボールをキャッチャーに投げ込んでいたかと思えば、打つ方でもとんでもない打球を飛ばしていた。思わず、「プロ野球選手を目指してほしいというより、プロ野球選手になれる選手だと思うから、これからも頑張ってください」と先ほど会ったばかりのおじさんからエールを送られると、戸川君は笑顔で「はい!」と返事を返してくれた。

 その後、北海高等学校へと進学した戸川君の近況はつぶさに追っていただけでなく、高校3年時にはドラフト候補選手に名前を見つけて、我が事のように喜んでいた。

 ちょうどその頃からモーリスも頭角を現しつつあり、戸川夫妻とも話す機会が増えていったのだが、ドラフト会議の前日、「一緒にドラフト会議を見てもいいですか?」というとんでもないお願いをしてみた。すると、戸川夫妻からは大丈夫ですよとの返事をいただいた。これまで様々な取材に出向いたり、色々なイベントにも参加してきたが、ドラフト会議を指名候補選手のご両親と一緒に見るという経験は、もう、二度とないだろうと思った。

 1位指名選手の選択が終了し、その後は下位チームからのウエーバー方式で選手の名前が読み上げられていく。その度に洋二代表と、「左打ちの選手を取ったので、このチームは戸川君の指名は無さそうですね」などと話しながら、その瞬間を待った。

 野球好き、そしてドラフト好きの方ならご存じかもしれないが、1位指名選手の抽選を地上波で放送しているTBSでは、その日のゴールデンタイムに、『速報ドラフト会議 THE運命の1日』というドキュメンタリーが放送されている。

 勿論、そこで取り上げられるのは、様々なバックボーンを持ったドラフト候補生とその家族になるのだが、時としてドキュメンタリー映像を作ってもらったにもかかわらず、放送終了時まで指名されない選手も出てくる。

 自分も途中からは、その出演者と同じような気持ちになっていたのだが、結果、ドラフト会議で戸川君の名前は呼ばれなかった。「仕方ないですかね...」と晴恵さんが口を開く。自分もどんなリアクションをしていいか分からず、各球団の指名選手を紹介するVTRをただ見つめていると、それほど時間が経たずに育成ドラフトが始まった。すると、埼玉西武ライオンズが1位で読み上げたのは、戸川君の名前だった。

 その瞬間、戸川夫妻と僕は食卓テーブル越しに手を取り合いながら、まさに飛びあがらんばかりの勢いで喜びを分かち合った。その後、一報を聞きつけた近所の人や親戚の方などが戸川家に集まり、ドラフト指名をみんなで喜びあった。

 その後、戸川君は育成選手から支配下選手に登録され、1軍で初ヒット、そして初ホームランも記録した。それでも野手の選手層が厚いライオンズでは、なかなか一軍に上がることができなかった上に、2021年には椎間板ヘルニアの手術を受けたこともあって、二軍の試合でも出場機会が一気に減った。

 巻き返しを図るはずだった2022シーズンも、一軍では6打数無安打に終わっていた。厳しいプロの世界。実力と言ってしまえばそれまでかもしれないが、あの時、僕に挨拶してくれた中学生がプロ野球選手の夢を叶え、そして、一軍の試合でホームランを打ってくれたのは感動しかない。だから、戸川君にはお疲れ様というより、「ありがとう!」との声をかけてあげたい。そして、第二の人生でもホームランを打って欲しい。