烏森発牧場行き
第250便 4番!4番!
2015.10.19
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JR京浜東北線で上野駅から南浦和行きに乗ったときのこと、ほとんど立っている人がいない電車に日暮里駅で、5歳ぐらいに見える男の子をつれた、たぶん父親だろう男が乗ってきた。白のTシャツ姿の男は35歳ぐらいだろう。顔を見るとそっくりで、親子にちがいない。
親子は私の斜め前に座った。凄い暑さから逃れて、冷えた車内で息をつき、父が汗を拭きおわったころ、男の子が前方の人に楽しげな顔で、
「はなくそ」
とゆっくりした声で言った。
父が子を見て、それを言っちゃいけないだろうと顔で叱った。
しばらくは前方の人の反応を待っていたような男の子は、無視されたので、ほかの人に、
「はなくそ」とまた声をかけた。
どこかで「はなくそ」と声をかけて、ウケて笑ってもらったのだろうと私は思った。
困った顔になって父は、自分の唇に指を当て、子に注意する。
つまらなそうに吊革を見あげたりしていた子は、車内を見まわしていて顔が合った私に、
「はなくそ」
とひょうきんな声をかけてきた。そこで私は、無視しようかとも思ったのだが、鼻の穴をほじってみせ、鼻くそを子にとばす仕草をした。
子が笑った。私も笑った。親がぴょこんと、私に頭を下げた。
日暮里から4つ目の王子駅で親子が下車し、ホームにいる男の子に私が手を振ると、男の子の口が私に何か言った。
「はなくそ」
と言ったにちがいなかった。
電車が走りだして、ぼんやりしていた私に、競馬友だちだった高井さんの顔が浮かんだ。
2年前の夏に有料老人介護ホームに入居し、認知症を発症してしまったが、ときどき、窓から外へ、
「よんばん、よんばん」
と遠方へ投げかけるように声を出すので、それが介護ヘルパーの人たちには謎になった。
そのホームに私が訪ねたとき、高井さんの娘の、私立女子高で英語の先生をしている麻子さんが来ていて、「よんばん」の話になった。
私に心あたりがあり、家に帰って、自分の競馬記録ノートをめくり続けた。
見つかった。2001年9月23日のページである。
「千葉行きの横須賀線で高井氏とばったり。中山への同行となる。昨日で六十歳になったと高井氏が笑う。着いて第3Rのパドック。嶋田という騎手、タカヒロという名前だけど、6歳で死んでしまったわたしの長男もタカヒロ。字は違うんだけどね。今日、嶋田タカヒロ、このレースしか乗らないんだ。買ってみようかな。そう言って高井氏は、嶋田騎乗ビヨンドザダークの単勝を千円買った。1階スタンドで、馬番④ビヨンドザダークが中団から馬群を割って凄い末脚。4番、4番、4番、と高井氏の絶叫。4番、勝った。14頭立て11番人気、単勝6,570円」
という記録があり、高井氏とよく会う鎌倉のバー「りんどう」で、その絶叫の凄まじさを私が伝えたのをきっかけに、そこに来る競馬仲間は高井氏を、「よんばんさん」と呼んだりした。
私は麻子さんにも、4番ビヨンドザダークの話を伝えたが、
「競馬のことは興味のない人にはわからないし、父の、よんばんの訳は、ヘルパーさんたちにも説明しないでおきます。それに、わからないほうが、父にとっても、いいような気がするし」
というのが麻子さんの返事だった。
電車で、男の子が、「はなくそ」だなんてウケ狙いをして、それが高井氏の「よんばん」を思いだすことになったなあと、そんなふうに考えながら私は、もし自分が男の子のウケ狙いのように、他人に馬名でも声かけられたら面白いだろう。そう思うと、ジンセイハオマツリ、という馬名が浮かんだ。
電車でいきなり、誰かに、
「ジンセイハオマツリ」
とだけ声をかけたら、その誰かは、どんな反応をするかな、と私は想像したのである。
ジンセイハオマツリという馬も、高井氏との思い出に関係していた。高井氏の言動に異常が生じる夏の前、2013年の冬、ウインズ横浜で高井氏が、小倉の3歳未勝利戦にジンセイハオマツリだというのが走るので、名前がおもしろくて単勝を買ったよと馬券を見せ、そのレースをいっしょにテレビで見ていると、菱田騎手のジンセイハオマツリが勝ったのだった。父オレハマッテルゼ、母キマグレ、母の父サクラバクシンオーの牡馬である。
或る日のこと私は、電車で私の前に座っている人に、
「ジンセイハオマツリ」
と声をかけてみるのだ。たぶん、気味が悪くて、その人は目をそらすだろう。
ひるまずに私は、別の人に、
「父は、オレハマッテルゼ」
と言ってみる。その人も、目をそらすにきまっているよな。
次の人は、女性にしよう。
「母は、キマグレ」
と私は女性に言ってみる。女性は気持ち悪くて、別の車輌へ行ってしまうかもしれない。
けれども、もし、私が声をかけた人が競馬好きだったら、
「オダギリさん?」
とジンセイハオマツリの馬主の名を返してくるかもしれない。
妄想を楽しんでいる私に、
「よんばん、よんばん」
と窓の外へ声をかけている高井氏の姿が浮かんできた。
2015年9月6日、新潟記念。ウインズ横浜のテレビで出走馬18頭が歩くパドックを見ているとき、高井氏の「よんばん、よんばん」が聞こえ、4番ファントムライトの単複を買った。
レース中、私は「4番!」と3度叫んだ。なんと戸崎騎乗ファントムライトは13番人気ながら、勝ち馬から0.4秒差の3着。私は息をのんだ。
親子は私の斜め前に座った。凄い暑さから逃れて、冷えた車内で息をつき、父が汗を拭きおわったころ、男の子が前方の人に楽しげな顔で、
「はなくそ」
とゆっくりした声で言った。
父が子を見て、それを言っちゃいけないだろうと顔で叱った。
しばらくは前方の人の反応を待っていたような男の子は、無視されたので、ほかの人に、
「はなくそ」とまた声をかけた。
どこかで「はなくそ」と声をかけて、ウケて笑ってもらったのだろうと私は思った。
困った顔になって父は、自分の唇に指を当て、子に注意する。
つまらなそうに吊革を見あげたりしていた子は、車内を見まわしていて顔が合った私に、
「はなくそ」
とひょうきんな声をかけてきた。そこで私は、無視しようかとも思ったのだが、鼻の穴をほじってみせ、鼻くそを子にとばす仕草をした。
子が笑った。私も笑った。親がぴょこんと、私に頭を下げた。
日暮里から4つ目の王子駅で親子が下車し、ホームにいる男の子に私が手を振ると、男の子の口が私に何か言った。
「はなくそ」
と言ったにちがいなかった。
電車が走りだして、ぼんやりしていた私に、競馬友だちだった高井さんの顔が浮かんだ。
2年前の夏に有料老人介護ホームに入居し、認知症を発症してしまったが、ときどき、窓から外へ、
「よんばん、よんばん」
と遠方へ投げかけるように声を出すので、それが介護ヘルパーの人たちには謎になった。
そのホームに私が訪ねたとき、高井さんの娘の、私立女子高で英語の先生をしている麻子さんが来ていて、「よんばん」の話になった。
私に心あたりがあり、家に帰って、自分の競馬記録ノートをめくり続けた。
見つかった。2001年9月23日のページである。
「千葉行きの横須賀線で高井氏とばったり。中山への同行となる。昨日で六十歳になったと高井氏が笑う。着いて第3Rのパドック。嶋田という騎手、タカヒロという名前だけど、6歳で死んでしまったわたしの長男もタカヒロ。字は違うんだけどね。今日、嶋田タカヒロ、このレースしか乗らないんだ。買ってみようかな。そう言って高井氏は、嶋田騎乗ビヨンドザダークの単勝を千円買った。1階スタンドで、馬番④ビヨンドザダークが中団から馬群を割って凄い末脚。4番、4番、4番、と高井氏の絶叫。4番、勝った。14頭立て11番人気、単勝6,570円」
という記録があり、高井氏とよく会う鎌倉のバー「りんどう」で、その絶叫の凄まじさを私が伝えたのをきっかけに、そこに来る競馬仲間は高井氏を、「よんばんさん」と呼んだりした。
私は麻子さんにも、4番ビヨンドザダークの話を伝えたが、
「競馬のことは興味のない人にはわからないし、父の、よんばんの訳は、ヘルパーさんたちにも説明しないでおきます。それに、わからないほうが、父にとっても、いいような気がするし」
というのが麻子さんの返事だった。
電車で、男の子が、「はなくそ」だなんてウケ狙いをして、それが高井氏の「よんばん」を思いだすことになったなあと、そんなふうに考えながら私は、もし自分が男の子のウケ狙いのように、他人に馬名でも声かけられたら面白いだろう。そう思うと、ジンセイハオマツリ、という馬名が浮かんだ。
電車でいきなり、誰かに、
「ジンセイハオマツリ」
とだけ声をかけたら、その誰かは、どんな反応をするかな、と私は想像したのである。
ジンセイハオマツリという馬も、高井氏との思い出に関係していた。高井氏の言動に異常が生じる夏の前、2013年の冬、ウインズ横浜で高井氏が、小倉の3歳未勝利戦にジンセイハオマツリだというのが走るので、名前がおもしろくて単勝を買ったよと馬券を見せ、そのレースをいっしょにテレビで見ていると、菱田騎手のジンセイハオマツリが勝ったのだった。父オレハマッテルゼ、母キマグレ、母の父サクラバクシンオーの牡馬である。
或る日のこと私は、電車で私の前に座っている人に、
「ジンセイハオマツリ」
と声をかけてみるのだ。たぶん、気味が悪くて、その人は目をそらすだろう。
ひるまずに私は、別の人に、
「父は、オレハマッテルゼ」
と言ってみる。その人も、目をそらすにきまっているよな。
次の人は、女性にしよう。
「母は、キマグレ」
と私は女性に言ってみる。女性は気持ち悪くて、別の車輌へ行ってしまうかもしれない。
けれども、もし、私が声をかけた人が競馬好きだったら、
「オダギリさん?」
とジンセイハオマツリの馬主の名を返してくるかもしれない。
妄想を楽しんでいる私に、
「よんばん、よんばん」
と窓の外へ声をかけている高井氏の姿が浮かんできた。
2015年9月6日、新潟記念。ウインズ横浜のテレビで出走馬18頭が歩くパドックを見ているとき、高井氏の「よんばん、よんばん」が聞こえ、4番ファントムライトの単複を買った。
レース中、私は「4番!」と3度叫んだ。なんと戸崎騎乗ファントムライトは13番人気ながら、勝ち馬から0.4秒差の3着。私は息をのんだ。