北海道馬産地ファイターズ
第196回 『七戸種馬場の種牡馬展示会 PART Ⅰ』
「3月1日に青森へ行きませんか?」と自分に話しかけてきたのは、フリーアナウンサーの小木曽なつ美さんだった。生産関係者の方なら、北海道市場の馬名読み上げで幾度となく、その美声を聞いたことがあるはずに違いない。
この日はビッグレッドファームで種牡馬展示会が行われていたが、スタッフの種牡馬説明や周りの喧騒を飛び越えて、その美声と「青森」との単語は、自分の頭の中へ一気に突き刺さってきた。
北海道の最南端(松前町)で、産まれてからの18年間を過ごしていたにもかかわらず、その頃は青森に対してさほど興味が無かった。それが、馬産地としての青森に仕事で行く機会が生まれてからは(これも全て、天国の松橋さんのおかげです)、一気にその魅力に取り込まれていった。
青森は北海道とは海を隔てただけなのに、様々な文化の違いがある。個人的には食文化の違いについて、自分の舌と胃袋を使ってフィールドワークを行っているのだが(笑)、馬文化もまた、北海道の生産地を取材してきた立場からすると、大きな違いがあった。
今では規模を縮小しつつある、青森を含めた東北の生産地であるが、馬産としては東北の方が歴史があり、その昔は北海道よりも馬産地として栄えていた時期もあった。
初めて取材で青森に訪れた約20年前、松橋さんと共に八戸近郊の牧場を訪ねた。その頃ですら、牧場内には使っていない放牧地や、厩舎が見受けられた。その一方で立派な建物の作りからは、改めてここで培われてきた馬産の歴史が感じられた。
その後も知人と共に、青森県内の牧場に足を運んだこともあれば、ここ数年は毎年のように八戸市場の取材に訪れている。取材とプライベート(主に食)を満たしてくれる青森は、行くのが楽しみな場所であり、そして、これからも通い続ける場所でもあるのだろう。
それはそうと、小木曽さんはなぜに自分を青森に誘ってきたのだろうか?
いつの間にか小木曽さんの周りには、馬産地のイベント(種牡馬のスタッドインやせりの総括取材)などで一緒になる、「馬産地取材のいつものメンバー」が集まっていた。
小木曽さんはそのメンバーたちに対しても、「青森に行きませんか?青森に行きませんか?」とスカウトのように声をかけ続けている。
これは小木曽さんになにかあったに違いない!と思い、「その日に青森で何があるんですか!」と問いかけてみると、小木曽さんは柔和な笑顔を浮かべながら、「3月1日に七戸種馬場で種牡馬展示会をやるんですよ!」とその答えを話し出した。
今シーズンの七戸種馬場では、静内種馬場からアニマルキングダム(USA)、そして、イーストスタッドからはサブノジュニアが新入厩馬として導入された。そのお披露目を行うべく、七戸種馬場としては、2016年以来となる種牡馬展示会を行うことになった。
その時の展示会は、静内種馬場からの移動となったアルデバランⅡ(USA)の到着に合わせる形で、開催時期も11月となっている。一般的な種牡馬展示会シーズンともされる、春シーズンの開催は実に2009年以来16年ぶりとなった。いつの間にか、いつものメンバーに取り囲まれる形となった小木曽さんだったが、そこで衝撃の発表がされる。
「当日はスプリングファームさんとの合同開催となっており、(有)荒谷牧場で繋養されているオールブラッシュと、ウインバリアシオンも展示されます!しかも、この日は一般の方の来場も可能となりました!」
どうして小木曽さんが展示会の内容を知っているかというと、司会を務めると聞かされて、ひどく納得がいった。
ただ、3月に入ってしまうと、筆者は年間で最も忙しい2歳馬取材の時期に入ってしまう。それを恐る恐る小木曽さんに伝えると、「村本さん!その日は土曜日ですし、2歳馬の取材が本格化するのは、だいたい3月の中旬に入ってからです!」との言葉に押し切られる形で、苫小牧発八戸行きのフェリーを調べてみると、幸運なことに往復便で個室寝台が取れた。七戸種馬場までの移動は、新幹線の駅に最も近い種馬場(七戸十和田駅)のメリットを生かそうと思ったが、八戸でレンタカーを安くピックアップできたので、食文化の取材を行うべく、車での移動に切り替えた。
3月1日の早朝。八戸にフェリーが到着後、レンタカーを使って、首尾よくひらめ丼と南部煎餅にありつくと、展示会開始の1時間ほど前に七戸種馬場へと到着した。ただ、そこには信じられないほどの来場者の姿があった。
(次号に続く)