第5コーナー ~競馬余話~
第26回 皐月賞の秘密
2013.05.14
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4月14日に行われた第73回皐月賞は単勝1番人気のロゴタイプが優勝した。
通算8戦5勝。昨年11月のベゴニア賞から朝日杯フューチュリティS、年明けのスプリングS、皐月賞と4連勝。押しも押されもせぬ第80回ダービーの最有力候補に名乗りをあげた。
父ローエングリンは現役時代、国内外合わせ、18度、GⅠレースに挑みながら、ついにタイトルを手にすることはできなかった。しかし、その息子は朝日杯フューチュリティSに続く2つ目の勲章をしっかりと手にした。ひとつエピソードを付け加えると、ローエングリンは2002年の皐月賞を賞金不足で除外されていた。ロゴタイプは父の無念を一気に晴らしたといえる。
今回の勝利により、皐月賞は2008年以降、父内国産馬の6年連続優勝となった。5つあるクラシックレースの中で、現在進行形の最長記録である。まだ終わっていないオークスも現在5連覇中。2010年はご丁寧にも、キングカメハメハの娘アパパネとゼンノロブロイ2世のサンテミリオンが1着を分け合った。
2008年、皐月賞の父内国産馬による連続優勝記録をスタートさせたのは、アグネスタキオン産駒のキャプテントゥーレだった。母エアトゥーレ譲りの芦毛の体を躍動させ、川田将雅騎手に初のクラシック制覇をもたらした。
翌2009年と2010年はネオユニヴァース産駒と岩田康誠騎手が2連勝を達成した。2009年はアンライバルド、2010年はヴィクトワールピサ。ヴィクトワールピサは主戦・武豊騎手が落馬負傷で騎乗できなくなったため急きょ巡ってきた手綱だった。
2011年と2012年はステイゴールド産駒が連勝した。のちに史上7頭目の3冠馬に輝いたオルフェーヴルと菊花賞と有馬記念を優勝するゴールドシップだ。
今にして思うと、皐月賞の父内国産馬による連勝が始まった2008年はまさに歴史の転換点だった。
この年、JRAの種牡馬ランキングで1位になったのはアグネスタキオンだった。父親のサンデーサイレンス(USA)が前年まで13年間守り続けてきた首位の座を奪い取った。父から息子への「政権交代」だった。
前述の通り、キャプテントゥーレが皐月賞を制し、ディープスカイがNHKマイルカップと日本ダービーで優勝を果たした。牝馬勢も頑張り、リトルアマポーラがエリザベス女王杯、ダイワスカーレットが有馬記念を快勝した。
JRAに限ると、内国産種牡馬が首位になったのは1957年のクモハタ以来51年ぶり。中央と地方を合わせた総合ランキングでも1981年のアローエクスプレス以来27年ぶりという記録になった。
アグネスタキオンを皮切りに翌年以降も内国産種牡馬がJRAのリーディングを守り続けている。2009年はマンハッタンカフェ、2010、2011年はキングカメハメハ、2012年はディープインパクトだった。
わずか10年あまり前でしかない2002年のJRA種牡馬ランキングは今とは大違いだ。1位サンデーサイレンス(USA)、2位トニービン(IRE)、3位ブライアンズタイム(USA)、4位アフリート(CAN)と外国産が上位を占め、内国産は5位にようやくフジキセキが顔を出す程度だった。
当時のトップ3のうちのブライアンズタイムが4月4日、繋養先の北海道新ひだか町のアロースタッドで死んだ。28歳という長寿だった。
ブライアンズタイム産駒は皐月賞に強く、種牡馬別で歴代3位となる4勝を挙げている。4勝目の優勝馬ヴィクトリーが皐月賞を制したのは2007年だった。父内国産の連勝が始まる前年である。
外国産全盛の時代が完全に過ぎ去ったことを象徴するかのようなブライアンズタイムの死だった。
通算8戦5勝。昨年11月のベゴニア賞から朝日杯フューチュリティS、年明けのスプリングS、皐月賞と4連勝。押しも押されもせぬ第80回ダービーの最有力候補に名乗りをあげた。
父ローエングリンは現役時代、国内外合わせ、18度、GⅠレースに挑みながら、ついにタイトルを手にすることはできなかった。しかし、その息子は朝日杯フューチュリティSに続く2つ目の勲章をしっかりと手にした。ひとつエピソードを付け加えると、ローエングリンは2002年の皐月賞を賞金不足で除外されていた。ロゴタイプは父の無念を一気に晴らしたといえる。
今回の勝利により、皐月賞は2008年以降、父内国産馬の6年連続優勝となった。5つあるクラシックレースの中で、現在進行形の最長記録である。まだ終わっていないオークスも現在5連覇中。2010年はご丁寧にも、キングカメハメハの娘アパパネとゼンノロブロイ2世のサンテミリオンが1着を分け合った。
2008年、皐月賞の父内国産馬による連続優勝記録をスタートさせたのは、アグネスタキオン産駒のキャプテントゥーレだった。母エアトゥーレ譲りの芦毛の体を躍動させ、川田将雅騎手に初のクラシック制覇をもたらした。
翌2009年と2010年はネオユニヴァース産駒と岩田康誠騎手が2連勝を達成した。2009年はアンライバルド、2010年はヴィクトワールピサ。ヴィクトワールピサは主戦・武豊騎手が落馬負傷で騎乗できなくなったため急きょ巡ってきた手綱だった。
2011年と2012年はステイゴールド産駒が連勝した。のちに史上7頭目の3冠馬に輝いたオルフェーヴルと菊花賞と有馬記念を優勝するゴールドシップだ。
今にして思うと、皐月賞の父内国産馬による連勝が始まった2008年はまさに歴史の転換点だった。
この年、JRAの種牡馬ランキングで1位になったのはアグネスタキオンだった。父親のサンデーサイレンス(USA)が前年まで13年間守り続けてきた首位の座を奪い取った。父から息子への「政権交代」だった。
前述の通り、キャプテントゥーレが皐月賞を制し、ディープスカイがNHKマイルカップと日本ダービーで優勝を果たした。牝馬勢も頑張り、リトルアマポーラがエリザベス女王杯、ダイワスカーレットが有馬記念を快勝した。
JRAに限ると、内国産種牡馬が首位になったのは1957年のクモハタ以来51年ぶり。中央と地方を合わせた総合ランキングでも1981年のアローエクスプレス以来27年ぶりという記録になった。
アグネスタキオンを皮切りに翌年以降も内国産種牡馬がJRAのリーディングを守り続けている。2009年はマンハッタンカフェ、2010、2011年はキングカメハメハ、2012年はディープインパクトだった。
わずか10年あまり前でしかない2002年のJRA種牡馬ランキングは今とは大違いだ。1位サンデーサイレンス(USA)、2位トニービン(IRE)、3位ブライアンズタイム(USA)、4位アフリート(CAN)と外国産が上位を占め、内国産は5位にようやくフジキセキが顔を出す程度だった。
当時のトップ3のうちのブライアンズタイムが4月4日、繋養先の北海道新ひだか町のアロースタッドで死んだ。28歳という長寿だった。
ブライアンズタイム産駒は皐月賞に強く、種牡馬別で歴代3位となる4勝を挙げている。4勝目の優勝馬ヴィクトリーが皐月賞を制したのは2007年だった。父内国産の連勝が始まる前年である。
外国産全盛の時代が完全に過ぎ去ったことを象徴するかのようなブライアンズタイムの死だった。