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第5コーナー ~競馬余話~

有吉正徳 第5コーナー ~競馬余話~

第13回 子宝,宝玉,新馬勝ち

 3月1日の阪神競馬場でニシノホウギョク(牡3歳,栗東・河内洋厩舎)が新馬勝ちするのを,僕は中山競馬場の記者席にあるモニター画面で見ていた。

 「すごいですよね。デユプリシト(USA)の仔がまだ走っているんですから。しかも優勝」。レースが終わって,そう声をかけて来たのは他社の後輩記者だった。ニシノホウギョクはデユプリシトが21歳の時に産んだ牡馬なのだ。

 1985年,父Danzig(USA),母Fabulous Fraud(USA)との間に米国で生まれたデユプリシトは実戦を経験することなく未出走のまま,89年,日本に輸入された。おなかの中にはMajestic Light(USA)の仔が宿っていた。

 来日後,西山牧場で誕生したデユプリシトの初仔は牝馬だった。のちの桜花賞馬ニシノフラワーである。ニシノフラワーは抜群のスピードを持っていた。91年7月のデビューから4連勝。年明け初戦のチューリップ賞でアドラーブルの2着に敗れたが,桜花賞では見事に雪辱を果たした。オークス7着,ローズS4着,エリザベス女王杯(当時は3歳牝馬限定戦だった)3着と3歳牝馬路線を歩んだが,エリザベス女王杯を最後に,短距離路線に進路を取った。

 これが大正解。3歳暮れのスプリンターズSでは河内洋騎手(当時)の激励に応えて,最後の直線で矢のような伸びを見せ優勝した。ヤマニンゼファーやダイタクヘリオスなど,この時点でG1タイトルを持っていた馬を下し,後の短距離王者サクラバクシンオーにも決定的な差をつけた。

93年12月のスプリンターズS3着を最後に現役を引退した。通算16戦7勝。G1・3勝,G2・2勝,G3・1勝の素晴らしい成績だった。

 最初から名馬を産んだデユプリシトはその後もコンスタントに出産を続けた。ブランドカメリア(牝,90年生まれ),ブランドセレナーデ(牝,91年),ニシノパラダイス(牡,92年),ニシノファイナル(牝,93年),ニシノテンモン(牝,94年),ニシノシルクロード(牝,95年),ニシノボナリー(牝,96年),ニシノマンゲツ(牝,97年),ニシノマイヒメ(牝,98年),ニシノキンタロウ(牡,99年),ニシノザイラー(牡,00年),ニシノブラッサム(牝,01年),ニシノタカラヅカ(牝,03年),ニシノオトコギ(牡,04年),ニシノシャア(牡,05年),ニシノホウギョク(牡,06年)と02年に産駒がいなかった以外は毎年出産し,17頭の産駒が中央競馬に登録された。

 一般的に「高齢の母馬から名馬は生まれにくい」といわれる。

 最近の活躍馬でいえば,母マイケイティーズが5歳で出産したアドマイヤムーンや,母マイヴィヴィアンが6歳で産んだメイショウサムソン,母スカーレットレディが7歳で産んだヴァーミリアンらは,その中でも特に若い母から生まれた例である。

 逆に高齢の母から誕生したG1馬はブルーメンブラット(母マイワイルドフラワーが17歳で出産)ぐらいしか見当たらない。俗説は当たっているようだ。

 ニシノホウギョクのすごい点は母も高齢だが,父ブライアンズタイム(USA)も85年生まれで,ニシノホウギョクの種付けをした時が20歳だった点だ。ニシノホウギョクは両親の年齢を合計すると42歳の時に生まれている。

 ニシノホウギョクの新馬勝ちに驚いていた翌週,3月7日の中山競馬場で行われたオーシャンSを制したのは,連闘で挑んだアーバニティ(牡5歳,美浦・古賀慎明厩舎)だった。マンハッタンカフェを父に持つ黒鹿毛馬はなんと,母レガシーオブストレングス(USA)が22歳の時に産んだ仔である。上には上がいる。


JBBA NEWS 2009年4月号より転載