第5コーナー ~競馬余話~
第176回 「古代王」
大物種牡馬の来日が決まった。日本軽種馬協会は2025年10月10日、種牡馬アメリカンファラオAmerican Pharoah(USA)(13歳)を26年の1シーズン、北海道・静内種馬場で供用すると発表した。アメリカンファラオは15年にケンタッキーダービー、プリークネスS、ベルモントSの制覇を達成した史上12頭目の米三冠馬である。
5月第1週から6月第1週までの短期間に3レースを戦う米三冠戦線は日程的にとても厳しい。三冠馬は1978年のアファームドを最後に36年間も誕生していなかった。この間、サンデーサイレンス(USA)、ウォーエンブレム(USA)、カリフォルニアクローム(USA)など日本に種牡馬としてやって来た名馬たちがケンタッキーダービー、プリークネスSの二冠に輝いたものの最後のベルモントSで涙をのんできた。
アメリカンファラオは12年2月2日にケンタッキー州で生まれた。父はパイオニアオブザナイル、母はリトルプリンセスエマ、その父ヤンキージェントルマンという血統だ。エンパイアメーカー(USA)を父に持つパイオニアオブザナイルは現役時代10戦5勝。2歳時にキャッシュコールフューチュリティ、3歳時にサンタアニタダービーと二つのGⅠタイトルを獲得し、ケンタッキーダービーでも2着になった。
エジプト出身の馬主ザヤット氏は故郷のナイル川からパイオニアオブザナイルと命名するなど出身地への思い入れが強い。アメリカンファラオも古代エジプト王の称号であるファラオ(Pharaoh)から命名したはずだったが、申請の際につづりを誤り、Pharoahとなってしまったという。父と同じボブ・バファート調教師に育てられたアメリカンファラオは14年8月のデビュー戦こそ5着に終わったが、未勝利の身で挑んだGⅠデルマーフューチュリティで初勝利を挙げると、続くフロントランナーSでGⅠ2連勝を飾った。
3歳初戦のGⅡを制すると、その後はアーカンソーダービー、ケンタッキーダービー、プリークネスS、ベルモントS、ハスケル招待SとGⅠ5連勝で三冠制覇を果たした。続くトラヴァーズSで2着になり、デビュー戦以来9戦ぶりの黒星を喫した。
現役最終戦はキーンランド競馬場で行われたブリーダーズカップ(BC)クラシック。このレースを6馬身1/2差の圧勝で飾り、2分00秒07というコースレコードをマークした。三冠に加えBCクラシック制覇という「グランドスラム」を史上初めて達成した。通算11戦9勝。134というレーティングを獲得し、15年の世界競走馬ランキングで1位に輝いた。もちろん米国の年度代表馬にも選ばれた。
バファート調教師は過酷な三冠日程を乗り切るために、さまざまな工夫をこらした。ケンタッキーダービーのためにチャーチルダウンズ競馬場入りした後は、そこを拠点としてプリークネスS、ベルモントSに出走し、本拠のある西海岸からの長距離輸送を避けた。また時折テンションの上がる性格を抑えるため、どこへ行くにもポニーの「スモーキー」を帯同させた。仲良しのコンパニオンホースが近くにいたためアメリカンファラオはいつも平常心でレースに臨むことができた。
16年に種付けを始めたアメリカンファラオ産駒は日本の中央競馬でも活躍した。25年10月13日までに87頭が出走し、このうち45頭が勝利を挙げた。勝馬率は51.7%になる。初年度産駒のカフェファラオ(USA)はGⅠフェブラリーSを21、22年と連覇したほかユニコーンS、シリウスSを制し、JpnⅠのマイルチャンピオンシップ南部杯も優勝した。活躍馬はダートだけでは収まらない。ジューンブレア(USA)は芝の短距離で躍動し、タイトルこそないものの、25年のGⅠスプリンターズS、GⅢ函館スプリントS、CBC賞でいずれも2着に健闘した。アメリカンファラオ産駒の種牡馬も導入された。米GⅡのBCジュベナイルターフスプリントで優勝したフォーウィールドライブ(USA)、仏GⅠクリテリウムアンテルナシオナル勝ち馬のヴァンゴッホ(USA)が日本で活動中だ。フォーウィールドライブは初年度産駒のヤマニンチェルキ(牡3歳)が北海道スプリントC(JpnⅢ)、サマーチャンピオン(JpnⅢ)、東京盃(JpnⅡ)と重賞3連勝を果たした。
1年限定の供用だが、日本競馬と相性のいいアメリカンファラオの来日は大きな可能性を秘める。1日も早い来日を待ち望む。
