第5コーナー ~競馬余話~
第175回 「兄と弟」
京成杯オータムハンデキャップは2025年9月6日、中山競馬場の芝1600㍍に16頭が出走して行われ、木幡巧也騎手が騎乗したホウオウラスカーズ(牝7歳、美浦・高木登厩舎)が優勝した。
デビュー10年目の木幡騎手は17年のレパードS(ローズプリンスダム)、20年のダイヤモンドS(ミライヘノツバサ)に次ぐ5年ぶり3度目のJRA重賞制覇。高木調教師はこの勝利がJRA通算399勝目となり、直後に行われた中山競馬第12レースでドナカルナバルが勝利を飾り、節目の400勝となった。
京成杯AHを制したホウオウラスカーズは父ディープインパクト、母ビーコンターン(GB)という血統の7歳牝馬。デビュー32戦目での重賞初制覇で、京成杯AHで7歳牝馬が優勝したのは同レース史上初めてだった。13番人気だったホウオウラスカーズの単勝の払い戻しは8,950円となり、レース史上最高配当の記録を更新した。
ディープインパクト産駒が13番人気で勝利したのはJRA重賞通算297勝目で初めてで、これまでは12番人気での勝利がもっとも人気薄での優勝だった。
単勝配当で見るとホウオウラスカーズの8,950円は、ギベオン(21年金鯱賞)の22,730円(10番人気)、カツジ(20年スワンS)の14,370円(11番人気)、ロジャーバローズ(19年日本ダービー)の9,310円(12番人気)に次ぐディープインパクト産駒としては4番目の重賞での高額配当になった。
19年に17歳でこの世を去ったディープインパクトは20年に生まれた現5歳が最終世代になる。JRAに在籍するディープインパクト産駒も40頭を切った。数々の種牡馬記録を塗り替えてきたディープインパクトだが、まだトップに立っていないのが重賞勝利数だ。
ダノンバラードが10年のラジオNIKKEI杯2歳Sを制したのを皮切りに、産駒は初年度から活躍した。11年の桜花賞をマルセリーナが優勝したのを手始めに22年にアスクビクターモアが菊花賞を制するまで12年連続でクラシック制覇を飾るなど「前馬未到」の記録を作った。しかし父サンデーサイレンス(USA)が17年かけて築き上げた重賞311勝にまだ届いていない。京成杯AHが終わった時点で14勝差だ。
出だしはディープインパクトの方が上だった。重賞100勝目はサンデーサイレンスの7年目を上回る6年目だったし、200勝目も父の11年目を超える10年目に達成した。だが、11年目に32勝したのを最後に、その後は伸び悩んだ。これに対し、サンデーサイレンスは10年目に38勝して初めて30勝を超えた後も3年連続して30勝、33勝、31勝と30勝に達した。老いて盛んだった。15歳時の種付けでディープインパクトを送り出したのが、高齢でも頑張った証拠だろう。
京成杯AHの翌週、9月14日には阪神競馬場でローズSが行われ、カムニャック(牝3歳、栗東・友道康夫厩舎)が優勝し、オークス馬の貫録を見せつけた。カムニャックの父はブラックタイド。その父はサンデーサイレンスで母はウインドインハーヘア(IRE)である。ブラックタイドはディープインパクトの1歳年上の全兄ということになる。早世した弟に比べ、ブラックタイドは長寿で、数は少ないが、24歳になった25年も種付けをしたという。
20歳の時に種付けしたカムニャックがオークスを制した。ブラックタイド産駒のGⅠ勝利は17年の有馬記念(キタサンブラック)以来8年ぶりとなった。キタサンブラックの母シュガーハートの父はサクラバクシンオーだったが、カムニャックの母ダンスアミーガの父もサクラバクシンオーなのだ。
ブラックタイド産駒はJRA重賞で計21勝の成績だ。父サンデーサイレンスの311勝、弟ディープインパクトの297勝には遠く及ばない。だが、キタサンブラックを送り出し、そのキタサンブラックがイクイノックス、さらにはクロワデュノールを生んだ。
サンデーサイレンスの後継争いはディープインパクト→キズナという3代連続のリーディングサイアーのラインが最有力と思われていたが、ここに来て、ブラックタイド→キタサンブラック→イクイノックスという強力なライバルが現れた。兄ブラックタイドと弟ディープインパクト。日本の種牡馬界の行方はこの兄弟対決の様相を呈してきた。