第5コーナー ~競馬余話~
第178回 「継承」
2025年、日本競馬界最大の出来事はフォーエバーヤング(牡4歳、栗東・矢作芳人厩舎)の海外ダート2大GⅠ制覇だ。サウジCとブリーダーズカップ(BC)クラシック。世界最高賞金レースと、米国競馬の頂点を決めるレース。その二つを同一年に制覇するという史上初の快挙を、フォーエバーヤングがやってのけた。
サウジCはライバルとのマッチレースになった。フォーエバーヤングの前に立ちはだかったのは香港のロマンチックウォリアーRomantic Warrior(IRE)だ。23年10月の豪コックスプレートから25年1月のジェベルハッタ(アラブ首長国連邦)まで、安田記念などGⅠ7レースを含む8連勝の強豪がデビュー24戦目にして初めてダート戦に挑んできた。
最後の直線で早めに先頭に立ったのはロマンチックウォリアーだった。フォーエバーヤングは好位を進んでいたが、4コーナー過ぎでだしぬけを食らった。一時は2馬身ほどの差をつけられた。しかし残り200㍍付近から反撃開始。1完歩ごとに差を詰め、ゴール寸前でロマンチックウォリアーを捉え、クビ差をつけてゴールに飛び込んだ。
BCクラシックにもまたライバルがいた。同じ4歳のシエラレオーネSierra Leone(USA)だ。フォーエバーヤングとシエラレオーネは共通の祖母Darling My Darlingを持つ、いとこ同士の間柄だ。
24年のケンタッキーダービーで初めて顔を合わせ、2頭を含めた3頭がほぼ同時にゴールする大接戦を演じた。結果は優勝がミスティックダン、ハナ差でシエラレオーネが続き、さらにハナ差でフォーエバーヤングが3着になった。その半年後、シエラレオーネとフォーエバーヤングはBCクラシックで再び対戦した。シエラレオーネが優勝、フォーエバーヤングは3着に終わった。
25年のBCクラシックを最後にシエラレオーネは現役を引退することが決まっていた。フォーエバーヤングにとって、宿命のライバルにリベンジする最後のチャンスだった。フォーエバーヤングは1コーナーを2番手で回った。対するシエラレオーネは最後方。4コーナーを回り、最後の直線で早くもフォーエバーヤングが先頭に立つ。後続の中からシエラレオーネが懸命に末脚を伸ばす。だが届かない。½馬身差をつけ、フォーエバーヤングが栄光のゴールに飛び込んだ。
フォーエバーヤングのBCクラシック勝利は日本調教馬の海外GⅠ61勝目だった。第1号は1998年のシーキングザパール(USA)。4歳牝馬がフランスのドーヴィル競馬場で行われたモーリスドゲスト賞(直線1300㍍)に出走。レコード勝ちで日本調教馬の海外GⅠ初勝利に花を添えた。
日本生まれの日本調教馬が海外GⅠで初勝利を挙げたのは2001年。香港ヴァーズに出走したステイゴールドだった。サンデーサイレンス(USA)を父に持つ7歳牡馬は通算50戦目の引退レースを自身初のGⅠ勝利で飾った。05年にはシーザリオが米アメリカンオークスで優勝し、日本調教馬として初めて米GⅠ制覇に成功した。スペシャルウィーク産駒のシーザリオは同時に父内国産馬初の海外GⅠ勝利をもたらした。
14年にアラブ首長国連邦のメイダン競馬場で行われたドバイデューティフリーに出走したジャスタウェイは2着馬に6馬身あまりの差をつけ、コースレコードで快勝した。8年前にドバイシーマクラシックを制した父ハーツクライに続く優勝は、史上初の父子2代の海外GⅠ制覇だった。フォーエバーヤングの父はリアルスティールである。リアルスティールは16年、ドバイターフで優勝した。フォーエバーヤングのBCクラシック優勝は14回目の父子2代の海外GⅠ制覇になった。
日本調教馬の海外GⅠ制覇は当初、外国産馬によって押し進められた。シーキングザパール、タイキシャトル(USA)、エルコンドルパサー(USA)などだ。その後、内国産馬が台頭し、今では父内国産馬が当たり前になった。11月末現在、25年に海外GⅠを制したのは4頭で計5勝。フォーエバーヤングのほかソウルラッシュ(父ルーラーシップ)、タスティエーラ(父サトノクラウン)の3頭は父子2代の海外GⅠ制覇だった。これは、生産から育成、調教まで日本競馬が全体的に強化された証拠だといえる。
ハクチカラやスピードシンボリが切り開いてきた日本調教馬の海外遠征の道は継承され、花開いた。
