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第113回 「黒船」

2020.08.11
 「芦毛の怪物」と呼ばれたクロフネ(USA)が種牡馬を引退することになった。
 1998年3月31日、米国生まれ。22歳である。体調がすぐれず、2019年も種付けをしていなかった。2019年に誕生した38頭が最後の世代になる。今後は功労馬として余生を送るという。

 2001年、ダービーが外国産馬に開放された。完全な開放ではなく、出走枠の上限は2頭だった。この年、クロフネは3歳になった。江戸時代末期、日本に開国を迫るため浦賀沖に現れたのがペリー提督に率いられたアメリカの蒸気船「黒船」だった。ダービーの開放と日本の開国。クロフネの馬名は競馬界の大改革を意識してつけられたものだった。

 2000年10月のデビュー戦こそクビ差の2着になったが、折り返しの新馬戦では京都芝2000㍍を2分0秒7で駆け抜け、2歳のコースレコードを記録した。ひと息入れて向かった12月のエリカ賞(阪神芝2000㍍)では再び2歳レコードの2分1秒2で優勝した。2歳の最終戦に選んだのは阪神競馬場で行われたラジオたんぱ杯3歳ステークス。現在のホープフルステークスである。

 2戦連続のレコード勝ちで注目されたクロフネはオッズ1.4倍という単勝1番人気に推された。だが結果は3着に終わった。優勝したのはアグネスタキオン、2着はジャングルポケット。アグネスタキオンは数か月後に皐月賞馬に輝き、ジャングルポケットはダービーで頂点に立つ。4着馬とは5馬身差がついていた。クロフネにとって、相手が悪すぎたというほかない。

 3歳初戦の毎日杯で重賞初制覇を飾ると、クロフネは「舳先」をNHKマイルカップへと向けた。芝1600㍍のNHKマイルカップと芝2400㍍のダービーを両方とも狙う「変則2冠」に挑むためだった。グラスエイコウオー(USA)が絶妙のペースで逃げ、勝負あったかに思われたゴール前、クロフネが大きなストライドで伸び、半馬身差をつけて優勝した。勇躍向かったダービーでは最後の伸びを欠き、5着。外国産馬による日本ダービー制覇はならなかった。

 3歳秋は天皇賞を目標にした。しかし外国産馬という生い立ちが行く手を阻んだ。ダービーと同じく外国産馬の出走枠は2頭しかなく、その枠はアグネスデジタル(USA)とメイショウドトウ(IRE)でいっぱいになっていた。ここがクロフネの運命の分かれ道だった。

 しかたなく向かったのがダートのGⅢ武蔵野ステークス(東京ダート1600㍍)だった。すると驚くような走りを見せ、2着に9馬身差をつけ、1分33秒3という芝並みのJRAレコードで優勝した。初めてベールを脱いだダート適性。続くジャパンカップダート(現チャンピオンズカップ)でも2分5秒9(東京ダート2100㍍)のJRA新で圧勝した。この2つのJRAレコードは2020年になっても健在だ。

 好事魔多し。暮れになって屈腱炎が見つかった。結局はジャパンカップダートがクロフネの現役最後のレースになった。

 芝とダート。両方のGⅠ制覇。2020年も破られることなく生き続けるダートのJRAレコード。その能力は産駒にも伝わり、怪物は種牡馬になってからも優駿を送り出した。

 中央GⅠ勝ち馬は障害も含めて7頭。フサイチリシャール、スリープレスナイト、カレンチャン、ホエールキャプチャ、アップトゥデイト、クラリティスカイ、アエロリットである。2020年6月末までにクロフネ産駒は中央競馬で歴代8位の1,411勝を挙げている。このうちダートで989勝しているが、産駒にダートのGⅠ馬は現れていない。ダートの重賞勝ち馬はマイネルクロップとテイエムジンソクの2頭だけだ。

 1,800頭以上の産駒を送り出してきたクロフネは置き土産を残した。初年度産駒の1頭、2003年生まれの牝馬クロノロジストである。サンデーサイレンス(USA)の娘であるインディスユニゾンとの間に誕生したクロノロジストは繁殖牝馬となり、ノームコア、クロノジェネシスというGⅠ姉妹を産んだ。

 2頭はともに母の父であるクロフネから受け継いだ芦毛の体をしている。
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