烏森発牧場行き
第224便 手紙しかない
2013.08.14
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米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、「第2のスティーブ・ジョブズ」とも呼ばれているIT業界の寵児、36歳のアメリカ人、ジャック・ドーシーさんについての活字を読む。
『29歳だった7年前に仲間とサービスを始めたツイッターは、2億人が使うアイテムに育った。米大統領をはじめとする多くの政治家が自分の意見を直に発信し、世界の民主化運動を下支えする役割も果たしている』
と書いてある。
140文字以内でつぶやきを発信するツイッターのことは私も少しは知っているが、私はツイッターと縁のない生活をしている。
『この「つぶやき」に続いて09年に立ちあげたのは、新たなカード決済システム「スクエア」だ。普通のスマートフォンのイヤホンジャックに、2.5センチ四方のカード読み取り機を差し込めば、たちまち決済端末になる。
北米ではすでに420万以上の個人事業主や中小企業が利用している。大手も放っておかない。昨年、「スターバックス」が興味を示し、7,000店舗で導入した。切手大の読み取り機を経由して年150億ドル(約1兆5,000億円)がやりとりされる』
と書いてある。
「ツイッターとスクエアの開発者、ジャック・ドーシー」
と私は心でつぶやき、言ってはいけないことを言ってしまって、「口がワザワイのもと」の失敗をすることが多い自分は、ツイッターでなく、「つい、言った」だな、と駄ジャレを思いついた。
「スティーブ・ジョブズのパーソナルコンピュータも、ジャック・ドーシーのツイッターも関係なく生きてるなんて、この世の中の今が、何ひとつ見えなくて生きているのと同じ」
と私は若者にも、同年代の人にも言われている。そうなのかもしれない、と思うのだが、私にはどうしたらいいのかわからない。
何ひとつ見えていないのかもしれないが、しかし、生きるのをやめるわけにもいかないぞと、探すものがあって、もらった手紙を保存している袋のなかを調べるうち、探していたものではないのだが、一通の手紙に目をとめてしまった。
消印は平成22年10月12日。3年前の池田直昭さんからの手紙である。
『久しくご無沙汰いたしておりました。この間わが人生も一波乱で本職の医療はもとより、社台のほうのイベントも縁が薄くなりました。
喜寿を越したころになると流石に今までの無理が応えたのでしょうか、慢性閉塞性肺疾患という呼吸困難の病気を発症し、仕事の継続は無理となり、病院事業は閉鎖し、患者さんの後始末は鶴瀬から朝霞に新しくクリニックを作り、同じ泌尿器科の次男に経営を移譲しました。自身は郷里の片瀬に隠遁しての悠々自適を目論んだのですがそう旨くはいかず、引越し早々、咳と痰が激しくなり、近医を受診したところ肺ガンを指摘され、余命半年、治療は不可能なのでホスピスを探せ、などと診断されました。
念のため、慶應の後輩の教授の紹介状持参で横浜市民病院の院長を頼ったところ、ベストを尽くさず投げるのは怪しからん、ダメモトでもトライすべきでしょうと、すぐに入院手続きをとり、検査(肺小細胞ガンでした)の上、放射線療法と決まりました。
放射線は有効で余命半年は過ぎ、一年半に達しようとしています。
病気で呻吟中は馬のことに関与している暇もなかったのですが、落ち着いてみると、6月の募集馬シーズンが来たりして、頓死のときは手続きよろしくね、と事務所の鈴木幹尚君に頼んだ上で、また懲りずに馬選びをしました。
01001号会員(わたしの前の1000人は不在でした)としては、命あるかぎり、会員継続の義務があると決めています。
もう何年が過ぎたのか年表はありませんが、吉田善哉さんが亡くなられたときの牧場ツアーで、花束を像に捧げたときにブラウンビートルが勝ったとか、山本寿夫さんの推薦で買ったダイナコスモスが皐月賞をとり、吉川さんの取材を受けたとか、吉川さんが馬事文化賞を受けた祝いの会の祝辞の指名をうけて、このアルチュウもどきの文章家の何をほめようかと苦心したり、鈴木君の結婚式のときの祝辞で何をほめようかと考えあぐねたりとか、思い出はいろいろ、いろいろとあるものです。
目下、ドリームジャーニー、シャルルマーニュ、がわたしの代表馬ですが、ラヴィアンクレールが2歳で勝ちあがったので楽しみにしています。
とりとめのない近況報告ですが、間もなく傘寿です。平素のご無沙汰の言い訳かたがたの便りでした。
あなたも、それ相応の御歳と推量されますので、ご自愛ください。末筆ながら奥様によろしく』
2013年度で創立32周年をむかえる社台グループの共有馬主クラブの、第1号会員が池田直昭さんなのである。
手紙に出てくる山本寿夫さん(社台ファームの番頭さんと呼ばれた)が池田直昭さんの奥さんと小学校のクラスメイトで親しく、その縁で会員にと勧誘されたのだ。
「01001」の会員章が届いたとき、
「おれより前に1000人もバカがいるのか」
と池田直昭さんは鈴木幹尚君に言ったそうだ。
私は手紙の一行一行を噛みしめるように読んだ。そうして読むうち、池田直昭さんの家で、山本寿夫さんと私と、池田夫人と4人で、アハハアハハと笑いながら酔っぱらっていた晩のひとときがよみがえってきた。
「吉田善哉という人の常識は、世間的には非常識なんだな。つまり開拓者というのは、世間的な非常識のなかに、自分の常識というのを発見するんだよね。普通の人間は、世間的な常識を守って、無事というのが人生の目的になっちゃう」
と池田直昭さんが言っていたのを私は思いだした。
おお、そうか。スティーブ・ジョブズさんもジャック・ドーシーさんも、世間的な非常識のなかに、自分の常識を見つけようとし、パソコンやスクエアを創りだしたのかもと考えながら、自分には手紙しかないなあと私は心細くなった。
『29歳だった7年前に仲間とサービスを始めたツイッターは、2億人が使うアイテムに育った。米大統領をはじめとする多くの政治家が自分の意見を直に発信し、世界の民主化運動を下支えする役割も果たしている』
と書いてある。
140文字以内でつぶやきを発信するツイッターのことは私も少しは知っているが、私はツイッターと縁のない生活をしている。
『この「つぶやき」に続いて09年に立ちあげたのは、新たなカード決済システム「スクエア」だ。普通のスマートフォンのイヤホンジャックに、2.5センチ四方のカード読み取り機を差し込めば、たちまち決済端末になる。
北米ではすでに420万以上の個人事業主や中小企業が利用している。大手も放っておかない。昨年、「スターバックス」が興味を示し、7,000店舗で導入した。切手大の読み取り機を経由して年150億ドル(約1兆5,000億円)がやりとりされる』
と書いてある。
「ツイッターとスクエアの開発者、ジャック・ドーシー」
と私は心でつぶやき、言ってはいけないことを言ってしまって、「口がワザワイのもと」の失敗をすることが多い自分は、ツイッターでなく、「つい、言った」だな、と駄ジャレを思いついた。
「スティーブ・ジョブズのパーソナルコンピュータも、ジャック・ドーシーのツイッターも関係なく生きてるなんて、この世の中の今が、何ひとつ見えなくて生きているのと同じ」
と私は若者にも、同年代の人にも言われている。そうなのかもしれない、と思うのだが、私にはどうしたらいいのかわからない。
何ひとつ見えていないのかもしれないが、しかし、生きるのをやめるわけにもいかないぞと、探すものがあって、もらった手紙を保存している袋のなかを調べるうち、探していたものではないのだが、一通の手紙に目をとめてしまった。
消印は平成22年10月12日。3年前の池田直昭さんからの手紙である。
『久しくご無沙汰いたしておりました。この間わが人生も一波乱で本職の医療はもとより、社台のほうのイベントも縁が薄くなりました。
喜寿を越したころになると流石に今までの無理が応えたのでしょうか、慢性閉塞性肺疾患という呼吸困難の病気を発症し、仕事の継続は無理となり、病院事業は閉鎖し、患者さんの後始末は鶴瀬から朝霞に新しくクリニックを作り、同じ泌尿器科の次男に経営を移譲しました。自身は郷里の片瀬に隠遁しての悠々自適を目論んだのですがそう旨くはいかず、引越し早々、咳と痰が激しくなり、近医を受診したところ肺ガンを指摘され、余命半年、治療は不可能なのでホスピスを探せ、などと診断されました。
念のため、慶應の後輩の教授の紹介状持参で横浜市民病院の院長を頼ったところ、ベストを尽くさず投げるのは怪しからん、ダメモトでもトライすべきでしょうと、すぐに入院手続きをとり、検査(肺小細胞ガンでした)の上、放射線療法と決まりました。
放射線は有効で余命半年は過ぎ、一年半に達しようとしています。
病気で呻吟中は馬のことに関与している暇もなかったのですが、落ち着いてみると、6月の募集馬シーズンが来たりして、頓死のときは手続きよろしくね、と事務所の鈴木幹尚君に頼んだ上で、また懲りずに馬選びをしました。
01001号会員(わたしの前の1000人は不在でした)としては、命あるかぎり、会員継続の義務があると決めています。
もう何年が過ぎたのか年表はありませんが、吉田善哉さんが亡くなられたときの牧場ツアーで、花束を像に捧げたときにブラウンビートルが勝ったとか、山本寿夫さんの推薦で買ったダイナコスモスが皐月賞をとり、吉川さんの取材を受けたとか、吉川さんが馬事文化賞を受けた祝いの会の祝辞の指名をうけて、このアルチュウもどきの文章家の何をほめようかと苦心したり、鈴木君の結婚式のときの祝辞で何をほめようかと考えあぐねたりとか、思い出はいろいろ、いろいろとあるものです。
目下、ドリームジャーニー、シャルルマーニュ、がわたしの代表馬ですが、ラヴィアンクレールが2歳で勝ちあがったので楽しみにしています。
とりとめのない近況報告ですが、間もなく傘寿です。平素のご無沙汰の言い訳かたがたの便りでした。
あなたも、それ相応の御歳と推量されますので、ご自愛ください。末筆ながら奥様によろしく』
2013年度で創立32周年をむかえる社台グループの共有馬主クラブの、第1号会員が池田直昭さんなのである。
手紙に出てくる山本寿夫さん(社台ファームの番頭さんと呼ばれた)が池田直昭さんの奥さんと小学校のクラスメイトで親しく、その縁で会員にと勧誘されたのだ。
「01001」の会員章が届いたとき、
「おれより前に1000人もバカがいるのか」
と池田直昭さんは鈴木幹尚君に言ったそうだ。
私は手紙の一行一行を噛みしめるように読んだ。そうして読むうち、池田直昭さんの家で、山本寿夫さんと私と、池田夫人と4人で、アハハアハハと笑いながら酔っぱらっていた晩のひとときがよみがえってきた。
「吉田善哉という人の常識は、世間的には非常識なんだな。つまり開拓者というのは、世間的な非常識のなかに、自分の常識というのを発見するんだよね。普通の人間は、世間的な常識を守って、無事というのが人生の目的になっちゃう」
と池田直昭さんが言っていたのを私は思いだした。
おお、そうか。スティーブ・ジョブズさんもジャック・ドーシーさんも、世間的な非常識のなかに、自分の常識を見つけようとし、パソコンやスクエアを創りだしたのかもと考えながら、自分には手紙しかないなあと私は心細くなった。