烏森発牧場行き
第288便 ちまちま
2018.12.11
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JR桜木町駅に近いコーヒーショップで競馬新聞を読んでいると、「ここ、いいですか」と若い男が私と相席になった。小さなテーブルをはさんで彼も、競馬新聞を持っている。
このひと、誰かに似ている。ずいぶん、似ている。そう、ジャニーズのグループ、嵐の二宮和也に顔も体型も似ている。
「まさか、あなたは、嵐のニノじゃないよね」
コーヒーを買ってきた彼に私が笑いかけた。
「ときどき、似てるって言われる」
そう言って彼は、
「はたらいてる工場でも先輩が、ぼくをニノミヤくんなんて呼んだりするんですよ」
と笑顔になった。
「これから、ウインズ?」
「ハイ、ほんとうは福島へ行きたかったんだけど、ちょっと金かかるし、横浜でガマン」
「どうして福島へ行きたかったの?」
「ノルマンディーというクラブに入ってて、今日の福島11Rに、自分の出資馬のカルヴァリオが走るんですよ」
「それは福島に行きたいよね」
「旅費をケチった。ナサケナイです」
「いやあ、ニノミヤくんが行かなかったから、カルヴァリオが怒って勝つかもしれない」
「いいこと言いますね」
とニノミヤくんはうれしそうな顔になった。
いっしょにウインズへ行った。いっしょに馬券をやる空気である。
私とニノミヤくんの似ているところは、さっぱり馬券が当たらないことだった。
京都10RJBCスプリントが決着したとき、
「カネにエンがないんだなあ」
とニノミヤくんがひとりごとを言い、
「おれのことを言わないでくれ」
と私が笑った。
「ワイドにすれば取れたんですよ。ワイドにしようか迷ったんだけど、つい、ヨクバッテ、馬連にした。クソッ、自分に見栄を張ったんだ」
そう言ってニノミヤくんが馬券を見せた。1着が4番人気の⑥グレイスフルリープ、2着が1番人気の⑤マテラスカイ、3着が5番人気の④キタサンミカヅキで、ニノミヤくんは馬連④-⑥を持っていたのだ。
「ワイドでも④-⑥は15倍もあったんですよね。
でも馬連だったら53倍。オッズに目がくらんでしまったのが敗因だなあ」
とニノミヤくんが嘆き、
「ま、しかし、おれなんかも何十年、クソッとつぶやくために馬券をやってるようなもんだ。馬券でクソッと言ってるうちは幸せなんだな」
と私は自分を励ましている。
私のズボンのポケットにもビンボーな風が吹いていた。福島の11RみちのくSのマークシートに、ほとんどヤケ気味に、ニノミヤくんが1口持っているカルヴァリオから1番人気のアマルフィコーストへの馬単⑨-⑤と、そのウラの⑤-⑨とをマークシートにつけた。コーヒーショップで相席した若い男がカルヴァリオの1口馬主で、しかもその日に出走し、そのニノミヤくんといっしょにレースを見るなんて、なかなかのドラマだと私には感動的だった。
16頭立て5番人気のカルヴァリオは柴山騎乗。芝1200のゲートでスタートが遅れ、最後方からのレースになった。
「1200だぞ。おい、柴山、1200だぞ」
とテレビを見上げてニノミヤくんのつぶやき。
ところがレースが4コーナーすぎ、一気に仕かけるカルヴァリオがかなりの外を回されながら、事件と言いたくなるような末脚を見せ、
「ヴァリオ!ヴァリオ!ヴァリオ!」
ニノミヤくんの叫びが凄まじい。
「柴山、最高!」
右手を突きあげてニノミヤくんは、体を折ってまるめて、しばらく歓喜に酔っている。
カルヴァリオが勝ったのだ。2着がアマルフィコースト。えっ?そうすると、おれの馬単も当たっているのだと、私はうれしくてニノミヤくんの背中をド突いてしまった。
私はニノミヤくんと、伊勢佐木町へ抜ける吉田町通りのカフェバーへと歩いた。こんな日が、人生のうれしい日というのだよ、と私は心のなかで誰かに言っている。
「カルヴァリオの単勝を2千円買ったけど、やっぱり、1万円ぐらいは買えなければな」
と大岡川の橋を渡りながらの、ニノミヤくんのひとりごとだ。
「おれ、競馬のことを文章にしてきたんだ」
とカウンターでニノミヤくんとビールで乾杯してから、私は自己紹介をした。
「作家なんですね」
そうニノミヤくんが言い、「ま、どうにかこうにか、文章を書いてメシを食ってきたってわけ」
と私はタメイキをついてみせた。
ビールからハイボールに変えたころ、私は数日前の、自分にとっては面白かったことをニノミヤくんに話したくなった。
「何頭もオープン馬を持ったことがある馬主と酒をのんでたら、あなたが売れない作家でいる理由が分かったと、馬主が言うんだよ」
「そんなことを言われたらムカつくでしょ」
「そこでムカついてたらメシは食えない」
「そうなんですか。わからないけど」
とニノミヤくんは首をひねった。
「あなたはね、ちまちました人のことしか書かないから売れないんだ、と馬主が言うんだ。それはこっちがちまちましてるからなんですよ。とおれは言ったよ。それって、本当のことだからね。
それに、もひとつ言わせてもらえば、ほとんどの人間は、ちまちま生きてるのだと、おれはそう思ってるし。
で、馬主に、ぜひ、チマチマという名前の馬を走らせてくださいよって言ってみたんだ」
「どんな反応でした?」
「そんなことばかり書いているから、あなたは売れないんだって言われちゃった」
「失礼だなあ」
「いやあ、おもしろい話だよ」
そう言って私はハイボールをのんだ。
このひと、誰かに似ている。ずいぶん、似ている。そう、ジャニーズのグループ、嵐の二宮和也に顔も体型も似ている。
「まさか、あなたは、嵐のニノじゃないよね」
コーヒーを買ってきた彼に私が笑いかけた。
「ときどき、似てるって言われる」
そう言って彼は、
「はたらいてる工場でも先輩が、ぼくをニノミヤくんなんて呼んだりするんですよ」
と笑顔になった。
「これから、ウインズ?」
「ハイ、ほんとうは福島へ行きたかったんだけど、ちょっと金かかるし、横浜でガマン」
「どうして福島へ行きたかったの?」
「ノルマンディーというクラブに入ってて、今日の福島11Rに、自分の出資馬のカルヴァリオが走るんですよ」
「それは福島に行きたいよね」
「旅費をケチった。ナサケナイです」
「いやあ、ニノミヤくんが行かなかったから、カルヴァリオが怒って勝つかもしれない」
「いいこと言いますね」
とニノミヤくんはうれしそうな顔になった。
いっしょにウインズへ行った。いっしょに馬券をやる空気である。
私とニノミヤくんの似ているところは、さっぱり馬券が当たらないことだった。
京都10RJBCスプリントが決着したとき、
「カネにエンがないんだなあ」
とニノミヤくんがひとりごとを言い、
「おれのことを言わないでくれ」
と私が笑った。
「ワイドにすれば取れたんですよ。ワイドにしようか迷ったんだけど、つい、ヨクバッテ、馬連にした。クソッ、自分に見栄を張ったんだ」
そう言ってニノミヤくんが馬券を見せた。1着が4番人気の⑥グレイスフルリープ、2着が1番人気の⑤マテラスカイ、3着が5番人気の④キタサンミカヅキで、ニノミヤくんは馬連④-⑥を持っていたのだ。
「ワイドでも④-⑥は15倍もあったんですよね。
でも馬連だったら53倍。オッズに目がくらんでしまったのが敗因だなあ」
とニノミヤくんが嘆き、
「ま、しかし、おれなんかも何十年、クソッとつぶやくために馬券をやってるようなもんだ。馬券でクソッと言ってるうちは幸せなんだな」
と私は自分を励ましている。
私のズボンのポケットにもビンボーな風が吹いていた。福島の11RみちのくSのマークシートに、ほとんどヤケ気味に、ニノミヤくんが1口持っているカルヴァリオから1番人気のアマルフィコーストへの馬単⑨-⑤と、そのウラの⑤-⑨とをマークシートにつけた。コーヒーショップで相席した若い男がカルヴァリオの1口馬主で、しかもその日に出走し、そのニノミヤくんといっしょにレースを見るなんて、なかなかのドラマだと私には感動的だった。
16頭立て5番人気のカルヴァリオは柴山騎乗。芝1200のゲートでスタートが遅れ、最後方からのレースになった。
「1200だぞ。おい、柴山、1200だぞ」
とテレビを見上げてニノミヤくんのつぶやき。
ところがレースが4コーナーすぎ、一気に仕かけるカルヴァリオがかなりの外を回されながら、事件と言いたくなるような末脚を見せ、
「ヴァリオ!ヴァリオ!ヴァリオ!」
ニノミヤくんの叫びが凄まじい。
「柴山、最高!」
右手を突きあげてニノミヤくんは、体を折ってまるめて、しばらく歓喜に酔っている。
カルヴァリオが勝ったのだ。2着がアマルフィコースト。えっ?そうすると、おれの馬単も当たっているのだと、私はうれしくてニノミヤくんの背中をド突いてしまった。
私はニノミヤくんと、伊勢佐木町へ抜ける吉田町通りのカフェバーへと歩いた。こんな日が、人生のうれしい日というのだよ、と私は心のなかで誰かに言っている。
「カルヴァリオの単勝を2千円買ったけど、やっぱり、1万円ぐらいは買えなければな」
と大岡川の橋を渡りながらの、ニノミヤくんのひとりごとだ。
「おれ、競馬のことを文章にしてきたんだ」
とカウンターでニノミヤくんとビールで乾杯してから、私は自己紹介をした。
「作家なんですね」
そうニノミヤくんが言い、「ま、どうにかこうにか、文章を書いてメシを食ってきたってわけ」
と私はタメイキをついてみせた。
ビールからハイボールに変えたころ、私は数日前の、自分にとっては面白かったことをニノミヤくんに話したくなった。
「何頭もオープン馬を持ったことがある馬主と酒をのんでたら、あなたが売れない作家でいる理由が分かったと、馬主が言うんだよ」
「そんなことを言われたらムカつくでしょ」
「そこでムカついてたらメシは食えない」
「そうなんですか。わからないけど」
とニノミヤくんは首をひねった。
「あなたはね、ちまちました人のことしか書かないから売れないんだ、と馬主が言うんだ。それはこっちがちまちましてるからなんですよ。とおれは言ったよ。それって、本当のことだからね。
それに、もひとつ言わせてもらえば、ほとんどの人間は、ちまちま生きてるのだと、おれはそう思ってるし。
で、馬主に、ぜひ、チマチマという名前の馬を走らせてくださいよって言ってみたんだ」
「どんな反応でした?」
「そんなことばかり書いているから、あなたは売れないんだって言われちゃった」
「失礼だなあ」
「いやあ、おもしろい話だよ」
そう言って私はハイボールをのんだ。