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烏森発牧場行き

吉川良 烏森発牧場行き

第314便 家族

この数年、年賀状といっしょに、高木治彦からの手紙が届く。

 「今日は2020年12月30日。コロナ、コロナで明け暮れた、変な1年だったなあと、あらためて思います。夜おそく、妻も子も眠って、われひとり、今年も手紙を書こうと思いました」
 という書きだし。文字は活字のように乱れがない。
 「食卓の近くに立った小さな額を見る。馬名を印刷した単勝馬券が3枚、飾ってある。ドモナラズの単勝馬券。2011年日経新春杯での、13頭立て11着。それとネコパンチの単勝馬券。やはり2011年の京都大賞典での8頭立て6着と小さな字で書いてある。もう1枚飾ってあって、2012年の中山金杯のアドマイヤコスモスの単勝馬券。ドモナラズとネコパンチは吉川さんからもらったもの。アドマイヤコスモスは、吉川さんに中山へ連れて行ってもらった記念の、初めて自分で買った馬券。16頭立て1番人気で、レース途中で故障して、大差の16着だったと書いてある」
 その小さな額は、治彦の家へ遊びに行って、私も見ている。
 私はおもしろい名の馬がいると、100円の単勝馬券を何枚か買い、人とのつきあいのとき、おふざけでプレゼントする遊びが好きだ。いつも財布に、いくつかのオモシロ馬名の、100円の単勝馬券を入れている。
 「なんだか、ちっともいいことない」
 とか酒場の女が嘆いたりすれば、
 「こんな馬も必死に走ってるよ」
 とドモナラズの馬券をプレゼントし、オマモリにしたらいいとか、おふざけのネタにする。
 「わたし、このごろ、何やってもツイテル」
 とかいう人には、メデタシの馬券をあげたり、その時に応じて、サアドウゾの馬券を使ったりする。生きるのに冗談がいらない人からは、何をバカなことしてるのだという視線がくるが、私は冗談がないと生きていけない。
 2010年ごろ、治彦は鎌倉の居酒屋で働いていた。そこの社長と私は長いつきあいで、
 「あいつね、5歳だかで両親を亡くして養護施設で育ったの。ちょっと暗いけど、いい奴。よろしく頼むよ」
 と治彦のことを知らされていた。それで何かの話の流れで、ドモナラズとネコパンチの単勝馬券を私が治彦に渡したのだ。
 「競馬場に連れて行ってほしい」
 と治彦に頼まれて出かけたのが、2012年の中山金杯だ。それで治彦が、1番人気のアドマイヤコスモスの単勝を1,000円買ったのだった。
 その金杯の日の帰り、船橋で飲んだとき、
 「ぼくが3歳のとき、父親が交通事故で死んで、5歳のとき、母親が胃がんで死んでしまい、養護施設でずうっと育ったんです。だから、ぼくは、家族が欲しい、というのが生きてる目的です」
 と治彦が言うのを私は聞いた。
 「家族がほしい」
 その治彦のひとことは、私の頭に染みついた。
 それから治彦は、ひとりで中山へ東京へウインズへと行くようになり、
 「不思議でならないんだけど、ひとりで競馬場をうろうろしながら、自分が家族のようなものといっしょにいるような気分になるんです」
 と私に言ったこともあった。
 26歳で治彦は、居酒屋に客で来ていたスーパーマーケット勤務の花奈と恋をし、結婚した。
 「家族が出来た」
 涙ぐむように喜んでいた治彦だったが、その結婚生活は2年で崩れた。その原因は治彦の競馬愛を花奈が許せないということだった。
 結婚するまで2度、治彦は花奈を競馬場へ連れて行ったが、花奈は競馬場にまったく馴染めなかったようである。
 治彦は競馬場へ行かぬと気が済まなくなっていた。競馬が治彦に元気を恵むということが、花奈にはまったく理解できないのだろう。
 私も相談を受けた。離婚しかなかった。
 離婚してすぐ、治彦は居酒屋勤務から、造園会社に仕事を変えた。植木職人に弟子入りである。
 2016年1月の根岸Sの日、東京競馬場のケヤキ並木で会う約束の治彦は女性と一緒にいた。
 その女性、整形外科病院のリハビリステーション勤務の美幸と、2016年9月に治彦は再婚し、2017年7月に男の子、名づけて勇市の父親になった。勇は自分の父親の勇治の勇、市は母親の市子から取ったという。

 「2020年1月5日の中山金杯でトリオンフの1着を中山競馬場で見たのを最後に、競馬場へ行くことのない1年になりました。 
 自分たちの生活のなかで、使ってもいい金額を決めて、それで馬券をネットで買えているのは、美幸のやさしさで感謝しています。ぼくはときどき、美幸と勇市が遊んでいるのを見ていて、家族だ、家族がいると、なんだかワケワカラナイものがこみあげてきて、おまけに競馬ともつきあえていることに、深く幸せを感じています。
 でも、ぼくは、ぼくが感じた不思議な思い、家族のいない自分が競馬場にいると、不思議に家族がいるように感じたあの感覚が必要な人が、たくさんいるのではないかと思うんです。
 その人たちは、競馬場に行けない2020年を、どうすごしたのかなあと心配するのですが、余計な心配でしょうか。
まだ12月30日ですが、新年のあいさつをさせていただきます。
 あけましておめでとうございます。2021年も、よろしくお願いいたします。
 ぼくも張りきって仕事をしています。美幸も明るく仕事をしています。幼稚園で勇市もあばれています。ぼくは家族を、もう二度と失いたくありません。そう思ったとき、ぼくの家族という世界には、競馬場も一緒なのです。
 2021年、一日も早く、競馬場のパドックに立ち、馬を見つめ、スタンドに行ってレースに、叫び声をあげたいです。
 2021年1月5日の第69回中山金杯は、ぼくの競馬の10周年記念レースです。1月13日、ぼくは33歳になります。家族に乾杯!です」
 と治彦の手紙を読みながら、自分も競馬場に行きたいなあと、何かにお願いをしていた。