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烏森発牧場行き

吉川良 烏森発牧場行き

第322便 初めてのパドックで

 コロナウイルスが世界中を苦しめている2021年の8月14日、ジャニーズ事務所会長の藤島メリー泰子の死去をテレビが伝えた。

 ジャニーズ事務所って凄いよなあ。ジャニーズ抜きで日本の若い女性を語るわけにはいかないんだよなあ、と思ってから合掌をした。
 私の沈黙のなかに、藤島メリー泰子の夫だった藤島泰輔の声がよみがえってくる。
 天皇賞や有馬記念に何度も出走し、名脇役で4億円の賞金を獲得したランニングフリーの馬主だった藤島泰輔は、雑誌「優駿」に「馬が結ぶ東と西」を連載していた。パリにも家があって東京と行ったり来たりの彼は、私が「優駿」に書く、牧場をうろつきまわる文章に気をとめてくれたのか、「優駿」の編集部を通して食事に誘ってくれた。
 「牧場へ行くいちばんの楽しみは?」
 と聞かれて、
 「取材したりしたあと、広い土地の隅っこで、ちょっと退屈をして、人生の悲しいような空しいような、そんな感情と向きあってる幸せかなあ」
 という私の答えが気に入ったらしく、それから何度も、ふたりきりで酒をのんだが、1997年に彼は天国へ行ってしまった。
 藤島メリ―泰子が旅立ったから、そうするというのは変かもしれないが、古い「優駿」を引っぱりだして、
 「この頃は、ニュースで世界中の天気予報もやっているので、パリの気温も毎日見ているが、だんだん暖かくなってきたようである。おそらく、シャンティイのトレーニング・コースでも強目の調教がはじまっていることだろう」
 と藤島泰輔の文章を読んだ。1991年4月号の文章だ。
 「人生の悲しいような空しいような」
 そう答えたことを私がいつまでも忘れないでいるのは、ほかの人にも、同じ答えを私が言っているからだ。
 競馬のことを文章にしている私は、さまざまな場所で、さまざまな人から、
 「どうして競馬が好きになったのですか?」
 と聞かれることが多い。何度も何度も聞かれて、何度も何度も同じように答えているのだ。若いときも、大人になっても、じいさんになっても、競馬への私の感情に変化はない。

 2020年のダービーが近づいてきたころ、
 「ごぶさたしてます。じつは、ぼく、今年の2月ぐらいから、競馬にハマってしまって、それで電話をしようと思いました。コロナでなければ、出かけて直接に伝えたかったんですけど」
 と歩いて20分ほどの所に住む克彦が電話をしてきた。彼は大学を出て2年目。大手のフィルム会社勤務である。
 克彦の祖父の克平と私は、鎌倉駅に近い酒場「野分」での飲み仲間だった。もう25年も前のことになるが、おたがいの還暦が近づいてきたころ、
 「頼みがあるんだなあ。わたしを競馬場へ連れてってくれませんか」
 と商社勤務で定年間近の克平が言いだしたのである。
 「会社の命令で、あちこちで暮らしながら、40年近く、働いてばかりで、気がついたら、わたしには遊びがない。ただ酒が好きなだけ。
 ふと、思ったんですよ。競馬場へ行ってみたら、自分が何を感じるだろうって。むろん、ヨシカワさんと酒のんでたので、競馬場というのが出てきたわけなんだけど」
 そう克平に言われたときも私は、
 「おれにとって競馬というのは、生きていて、なんだか生きているのが悲しいような空しいような感情でポツンとしてしまう自分を救ってくれるみたいな」
 とか、そんなふうに言ったにちがいない。
 克平は2007年秋に、古希をむかえた年に膵臓ガンに襲われて旅立ってしまったのだが、棺に手を合わせて私は、誰にも聞こえぬように、
 「アヌスミラビリス」
 と言った。
 初めて競馬場へ行った朝、府中本町駅から通路を過ぎて場内に入り、立ち止まって馬場とスタンドを眺め、無言のまま、右手を空に突き上げた克平を忘れない。
 そしてその日は毎日王冠の日で、ドバイの馬のアヌスミラビリスが勝ち、単勝1,020円の馬券を、どうしてか克平が1,000円買っていて、そのことは長いこと、克平の語りに出てきた。
 アヌスミラビリスに騎乗したダリル・ホランド騎手は、短期免許の来日で36戦未勝利。37戦目にしてアヌスミラビリスで、毎日王冠を勝ったのだというのも、克平は語りでつけくわえた。
 克平の息子の克春は銀行員で、私と酒のつきあいはあるが競馬には近づかない。
 「競馬にハマって」
 と克彦が電話してきたとき、
 「どうしてハマった?」
 そう私が聞くと、
 「会社の同僚に競馬好きがいて誘われて、彼のネットで馬券を買ってもらったのが始まり。始めてみたら、馬券、おもしろいです」
 という返事。その時の電話で、まだ克彦は、競馬場に行ったこともないし、ウインズにも行ったことがないのも知り、そうか克彦はパドックもナマでは見ていないのだと思った。
 2021年9月5日、新潟記念の日。研修医をしている孫が久しぶりの休日とか、じいさんの家で、ネットで馬券を買っている。孫は競馬が大好きで、競馬場もよく行っていた。
 人生の悲しいような、空しいような、そんな感情を救ってくれる競馬、とか若い人に言っても通じないよねと思いながら私は、
 「今、馬券を買っている人で、ナマで競馬を見たことがない、パドックに立ったこともない人がいっぱいいるよね」
 そう孫に言うと、
 「もう長いこと、自由に競馬場へ行けないし、かなりいると思う」
 と孫はスマホから顔をあげた。
 競馬場が自由になって、そうした人たちが、初めてのパドックで、初めてのスタンドで、どんな感情と向きあうのかと思うと、一日も早い、コロナウイルスからの解放を願うしかなかった。