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第5コーナー ~競馬余話~

有吉正徳 第5コーナー ~競馬余話~

第112回 「同時」

 2020年は競馬界にとって忘れられない年になるかもしれない。

 デアリングタクト(牝3歳、栗東・杉山晴紀厩舎)が桜花賞とオークスを制した。コントレイル(牡3歳、栗東・矢作芳人厩舎)が皐月賞とダービーで優勝した。3歳の牡牝で同時に春の2冠馬が誕生した。デアリングタクトは4戦4勝。コントレイルは5戦5勝。いずれも無敗での達成となった点も共通している。

 ビクトリアカップ→3歳牝馬限定のエリザベス女王杯→秋華賞と牝馬3冠における最終関門が変化していく中で、この牝馬3冠を制した馬は5頭を数える。メジロラモーヌ(1986年)、スティルインラブ(2003年)、アパパネ(2010年)、ジェンティルドンナ(2012年)、そしてアーモンドアイ(2018年)だ。

 皐月賞、ダービー、菊花賞の3冠路線が整備されたのは1939年。以来、7頭の3冠馬が現れた。1941年のセントライト、1964年のシンザン、1983年のミスターシービー、1984年のシンボリルドルフ、1994年のナリタブライアン、2005年のディープインパクト、2011年のオルフェーヴルだ。

 このように同じ年に牡牝で3冠馬が誕生したケースはこれまでにない。もしデアリングタクトとコントレイルがそろって3冠馬になれば史上初めてのことになり、2020年は特別な1年ということになる。

 同じ年に春の2冠馬が誕生した例として有名なのは1975年である。桜花賞とオークスはテスコガビー(牝3歳、東京・仲住芳雄厩舎)が圧勝し、皐月賞とダービーはカブラヤオー(牡3歳、東京・茂木為二郎厩舎)がいずれも先行、逃げ切り勝ちを収めた。そしてテスコガビーもカブラヤオーも当時29歳の菅原泰夫騎手が手綱を取っていたというのもすごい話である。

 先にデビューしたのはテスコガビーだ。1974年9月、東京競馬場でデビューすると翌年1月の京成杯まで4連勝。5戦目の東京4歳ステークス(現共同通信杯)ではカブラヤオーとの直接対決が実現した。菅原騎手はテスコガビーに騎乗、カブラヤオーには菅野澄男騎手が乗った。結果はカブラヤオーがクビ差でテスコガビーを抑えて優勝した。のちのダービー馬とオークス馬の息詰まるような接戦は見応えがあっただろう。

 テスコガビーはその後、関西に向かい、阪神4歳牝馬特別(現フィリーズレビュー)の勝利をステップに桜花賞に臨んだ。杉本清アナウンサーの名実況、「うしろからはなにも来ない」の通り、2着ジョーケンプトンに1秒7差(大差)をつけてゴールイン。この着差は今でも桜花賞の最大記録として残る圧勝だ。オークスも8馬身差で快勝したテスコガビーだったが、その後はけがに泣いた。左前脚の球節、右後肢と負傷が続き、復帰までに1年もかかった。4歳5月の復帰戦も8頭立ての6着と精彩を欠き、再び休養に入った。そして5歳の1月、放牧先の牧場で急死した。心臓マヒだった。

 一方のカブラヤオーはテスコガビーとの対戦で初の重賞勝ちを収めた東京4歳ステークス以降も弥生賞、皐月賞、NHK杯(現NHKマイルカップ)と白星街道を歩み、ダービーでは最初の1000メートル通過が58秒6というハイペースで逃げ、そのまま2400メートルを1着でゴールするという破天荒なレース運びで優勝した。

 2019年のダービーでスタートから先頭を奪ったリオンリオンは1000メートル通過57秒8とカブラヤオーを上回るラップを刻んだ。ゴールでは優勝したロジャーバローズから2秒4離された15着だった。44年たって、改めてカブラヤオーのすごさを証明することになった。

 比類ないカブラヤオーのスピードは脚元への負担を大きくした。菊花賞を目指していた9月に左脚に屈腱炎を起こした。一度は回復の兆しを見せ、菊花賞に向けて関西に移動したが、再発して出走を断念した。

 3冠に挑むことすらできなかったテスコガビーとカブラヤオーの無念から45年がたつ。

 デアリングタクトとコントレイルが無事に夏を越して秋華賞と菊花賞に臨むこと、そして牡牝同時に3冠馬誕生する史上初めての記録達成を願っている。その時には、現場に立ち会い、この目で見てみたいと思う。