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第185回 『ホースマンの副業』

2024.05.21

 POG(ペーパーオーナーゲーム)の取材で、2歳馬の育成を手掛ける三嶋牧場育成場を訪ねた時の話となる。


 撮影が終わり、取材場所となるスタッフルームへと足を運ぶと、テーブルに浦河町内にあるインドカレー店の「マールワール」のショップカードが置いてあるのに気づいた。


 興味があって手に取ると、三嶋牧場の藤井健太調教主任が、「このお店、ウチのスタッフが経営している店なんです」と話し出す。一瞬、その事実が理解できずにいると、マールワールのオーナーであり、三嶋牧場の騎乗スタッフでもある加藤太生さんが、「僕がオーナーをやらせてもらっているので、皆さんも食べに来てください」とそのショップカードを、取材に来ていたライターやカメラマンに配り始めた。


 その後、北海道内のローカルニュースを見ていた時に、「二刀流」の仕事をしている人物として、加藤さんが取り上げられていた。


 そのニュースの中で加藤さんは、インドカレー店のオーナーとなったきっかけについて、ゆくゆくは独立して牧場を始めたいと考えていた時に、経営のノウハウを学ぶべく、飲食店を始めたと話していた。


 昨年の10月に前オーナーから「マールワール」を買い取ると、牧場が休みの日などには、ホールスタッフとして勤務もしている。


 話には聞いていたものの、改めてオーナーとして働いている姿を見ると、かっこいいなあと思わされた。


 近年、育成牧場の騎乗スタッフを中心として、インドからの移住者が増えている日高地方。その中でも施設の周りに多くの育成牧場があるBTC(軽種馬育成調教センター)がある浦河町では、家族も含めて300人ほどのインド人が生活をしている。


 衣食住の「食」を満たすべく、BTCの近くで育成牧場を営む森本スティーブルの森本敏正社長は、近郊の牧場経営者とともに、インドの食材や調味料を置くだけでなく、カレーといった弁当の販売を開始。その味が評判となり、今では「バハラットレストラン」として、浦河町を代表するカレー店となった。


 「マールワール」も「バハラットレストラン」もそうだが、インド人シェフが何十種類のスパイスを用いて調理を行っているので、浦河にいながらインドのそのままの味を楽しめる。


 5月の3日と4日には『優駿の里浦河桜まつり』も開催される浦河町だが、その際には本場のカレーが目当ての観光客も足を運ぶに違いない。


 ところで森本社長以外にも、飲食店といった他業種を営む牧場経営者は知っているが、加藤さんのように牧場スタッフで飲食店を経営しているホースマンは初めて知った。


 ただ、自分の知り合いにも、副業というよりも手伝いがてら、近所や知り合いの牧場で、せり用の立ち写真を撮影しているホースマンもいる。その他にもライターだった頃からの知り合いが牧場に勤務しているのだが、忙しい仕事の合間を縫って、商業誌に原稿執筆を続けていた。


 朝が早いだけでなく、夜飼当番となれば拘束時間が更に長くなるのが牧場の仕事である。しかも、生産牧場で働くホースマンたちにとって出産時期ともなれば、休みといえども気が休まる時間は無いに等しい。


 そんな中で副業を始めるというのは至難の業とも言える。ただ、馬産地ライターと名乗っていながらも、浦河まで車で3時間ほどかかってしまう自分とは違って、日高に住むホースマンの皆さんは、取材場所(撮影場所)までの移動時間が短くて済むというメリットがある。


 今は牧場から発信されるX(旧ツイッター)やインスタグラムも珍しくなくなっている。その中ではしっかりとした、文章で牧場や馬の魅力を伝えていたり、また牧場スタッフにしか撮影できないであろう写真も掲載されている。


 それだけの能力や視点(場合によってはカメラといった機材)があるのならば、副業でライターや、カメラマンを目指してみてもいいのではないかと思っている。


 もちろん、そのためには休みといった、働く牧場のサポートも必要である。ただでさえ忙しいのに、牧場の仕事をおろそかにするのは、けしからん!と思っている方もおられるに違いない。


 ただ、例えば牧場で行っている写真撮影を、一頭いくらといった額を提示することで、任されたスタッフはプロ意識も生まれてくるだけでなく、それが質の向上にも繋がってくる。


 フリーの仕事を本業にしていくのはなかなか大変(経験者談)である。ただ、ダブルワークならば、違う仕事をやってみたいと思うホースマンはいるはずであり、それがカレー店のオーナーであったとしても、新たな夢を追っていけるのは素晴らしいと思う。

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